- 日時: 2013/06/12 18:43
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
「起きてよ、母さんっ!? 」
鼓膜を引き裂かんばかりの怒号、悲鳴、爆音が少年の周囲から湧き出る。 多くの人間が恐怖に顔を強張らせ、我先にと逃げ惑う。 子供、女、老人……そんなものは今の彼らを包む惨劇に関係はない。 人を押し倒し、踏み越えた者だけがその命を繋いでいく……まさに戦場なのだ。
ではその彼らを襲うものとは何か? 逃げ惑う彼らをまるで虫のように追い立てる化け物……『飛竜』。 強靭な顎で人間の体を噛み砕き、鋭利な爪で体を紙のようにいとも簡単に引き裂く。 顎から滴り落ちる血、地面を抉る爪にこびりついた血。逃げ遅れた者はすべて獲物になる。 この化け物から皆は必死に逃げ惑っているのだ。化け物が放つ炎により燃え盛った村の中を。
「母さん! 早く……目を……開けてよ……」
少年の声はもう届くことはない。 一つの物体になり果てた者の耳には。 少年は体を震わせながら絶叫する。もうその呼びかけに応える事のない者の名前を。 飛竜の視線は逃げ惑う人々からその少年の小さな憎しみの咆哮へと向けられた。 炎のように紅い瞳が少年の姿を鏡のように映し出す。
「許さない……! 」
自分がなにもできない事は自身が一番理解している。 普通なら逃げるのが正常な判断だろう。だが逃げることは彼にはどうしてもできなかった。 自分の大切な者たちを奪った化け物を前にして。
その刹那、少年の体は大きく吹き飛ばされた。 化け物の振り回された巨大な尻尾が彼の体をはじきとばしたのだ。 地面に転がり落ちた少年は体中の痛みに呻きながらも、なお立ち上がろうとする。 立ち上がったとて敵うわけでもない化け物……だが一矢報いたい。 その無謀な思いだけが彼の傷ついた体を立ち上がらせていた。
「絶対に、お前を……! 」
立ち上がった少年に向け、化け物は咆哮を上げる。 自分はここで死ぬ、だが少年はけして目をそむけることはない。 化け物の大地を駆ける足音が少年に向けて踏みならされる。
(母さんッ……! )
「命を粗末にしなさんな、クソガキ! 」
その言葉が耳にはいった瞬間、少年は化け物の軌道から弾きとばされていた――。
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