- 日時: 2013/06/12 18:59
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
セナが弓の手入れをしている傍らで、レイはセーヤから受け取った短剣を手に取り、セーヤが言った言葉を反復していた。
――てめぇの命はてめぇで守れ。
こんな短剣で何ができるというのか……熊の死骸を横目にレイは思う。 熊の前では自分など虫のようなもの。たかが短剣を持ったところでそれは変わらない。
「……てめぇで守れ、か」
セーヤの言葉に頷いたものの、それがいかに難しい事か……セナと二人だけになった今だからこそ、彼はそう感じていた。 もし今の状況でまた化け物、同業者たちに襲撃でもされたら……考えたくもない自体だ。
「どうしたの? 」
短剣を手に俯いてばかりいたレイにセナは声をかける。 その心地よい声にレイは僅かに心の陰りがなくなった気がした。セナに彼は弱々しい笑顔を向ける。
「……大丈夫」
不安は隠せていないだろう事は自分でも理解していた。 こんな時は自分の気持ちを押し殺してでも不安というものを伝えないもなのだろうが……今の彼にはそれはできない。 今はセナという女性に身を守ってもらうしかないのだ。 そんな彼の気持ちを察してか、セナは「そう」とだけ応え、再び弓の手入れを始めた。 彼女が手入れをしている弓、それはもう長年使用しているのか所々に傷が入っており、色も元々黒かったのか茶色だったのか分からない程に色褪せていた。
「その弓……凄いね」
何故新調しないのかだろうか、その興味心からレイは言葉を発した。 レイの言葉にピタッと手の動きを止めたセナ。彼女は弓を優しく擦りながら、レイに微笑む。
「形見……かな」
形見……彼女も大切な誰かを亡くしたのだろうか。 だとしたらまずい事を聞いてしまったかとレイはすぐに彼女に謝る。 セナは「いいの」とだけ返し、また弓の手入れを始めた。 気まずい沈黙が二人の間に漂う中、それを破るようにセナが口を開く。
「この弓ね、父の使ってた弓。父も傭兵だったから……」
「そうなんだ」
「うん、だからいつまで経っても捨てられないんだよね」
セナは笑う。 形見……大切な者のために遺すもの。レイは自分には何が残ったのだろうかと考える。 故郷は燃え尽き壊され、父も母も死んだ……だが、そんな両親が一つだけ確かに残してくれたものがある。
「自分……」
レイの呟きにセナは不思議そうに覗き見てきたが、彼はなんでもないと慌てたように首を横に振る。 両親に繋ぎ止めてもらった命を捨てる訳にはいかない。 無意識に柄を握る手に力がこもるレイを月明かりがあたたかく照らしていた――。
「これで、よしっと」
セズナへと向かう途中にある泉にてトールとセーヤの二人は己の身についた血を拭っていた。 流石にそのままの姿で街に入る訳にもいかないからだ。血の臭いや視覚の気分不良を市民が起こす恐れがあるからだ。 そのため狩猟を終えたハンターや傭兵達が帰還する際の暗黙の了解的なものとなっている。 赤く染まった布切れをその場で処分し、二人は再びセズナへと向けて出立する。
どちらも喋る事なく歩く。ただ黙々と歩く。
「……隊長」
そんな静寂を破るトールの静かな声。 なんだとセーヤは立ち止まり、怪訝そうにトールへと視線を向けた。
「なんであいつを俺達の仲間に? 」
トールがいうあいつとはレイの事だろう。 たいした説明もないままこれから仲間だと紹介されたのがトールには納得できなかった。 何故なら、戦う事ができない者などただの金食い虫でしかないからだ。 誰の身内でもない子供を養う必要などない……街にでも連れていき、孤児院にでも預ければいい話だ。 わざわざ面倒を見る必要はないはずだとトールは言う。
「それにわざわざ危険を犯して何故あの村を助けたのかも俺には理解しがたい」
村が飛竜に襲撃されていると部下からの報告があった際、武器を手に真っ先に駆け出したのがセーヤだった。 飛竜に敵う訳がないのは彼は重々理解してただろうに、何故戦ったのか? その説明もろくにないのはどういう事か……トールはここぞとばかりにセーヤの非を責め立てる。 だが肝心のセーヤはその事については口を閉ざし、ただ一言「すまない」とトールに頭を下げた。 てっきり「うるせぇ! 」と反撃の余地もなく閉口されるだろうと考えていたトールは虚をつかれた思いで目を丸くする。 押し黙ったトールを見てセーヤ苦笑した。
「訳はちゃんと話す……。だからちょっとばかし今は待ってくれ」
そう断られてはトールもこれ以上口を出すことはできなかった――。
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