- 日時: 2013/06/12 19:00
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
体中が痛み、意識が朦朧としている。 もう助からないのだろうか……だがそれでもいいかとアンナは思う。 彼女の心は絶望、という闇に覆われていた。 最愛の母の死、自身の汚れ……帰る故郷も何もかもなくした彼女に生きる希望は既になかった。
「……もう疲れた」
彼女が目を覚ました時には既に化け物の熊はいなかった。 残されていたのは無残にも食い散らかされた母と傭兵達の残骸。
「……」
母と男達を惨殺したあの熊の化け物は何故自分を生かしたのだろう? お腹が一杯だったから? 殺すのに飽きたから? どうして……私を殺してくれなかったの?
「……どうして」
ふらふらとした足取りで彼女は暗闇の森の中を歩く。 複数の鳥の鳴き声と風に揺れる木の葉の音。彼女の耳に聞こえる自然の音。 死に向かおうとしている彼女を止める者の声はどこにもない。
「……あっ」
森が開けた先には小さな泉があった。 月の光が水面を淡く照らし、きらきらと輝いている。 何かに手招きされるかの様に彼女は泉へとゆっくり近づいてゆく。
「きれい……」
まるで星のまたたきの様に輝く泉に彼女は深く息を漏らす。 もう生きる希望もない自分……ならば最期ぐらいこのような綺麗な場所で死ぬ事ぐらいは許されるのではないか……。 水を手のひらに少しだけ掬い、自分の口元へと持ってゆく。それは氷の様に冷たい。
「美味しい……」
水面に映る自分の顔……それはもう以前の自分ではない。 もうあの頃の自分は死んだ。 一筋の涙が頬を伝い水面へと落ちる。 次から次にあふれ出る涙。 止めようのない感情。
「ママ……今そっちに逝くね」
左足を泉の中へとゆっくりと下ろす。 肌が刃物で刺されるかのような冷たい痛み。 だが彼女は止めない。もう彼女に迷いはなかった。 足を下ろすと泉の底は滑っており、足の重みでゆっくりと沈んでいく。 左足が沈み終えると、次は右足を下ろした。両足を下ろしたことで彼女の腰まで水面で浸かっていた。
「……」
あとは泉の中央まで歩くだけだ。中央は彼女が立っている浅瀬より深く、黒く淀んでいる。 ここ以上に深さがあるのは目に見えていた。あそこまで歩けば……死ねる。
ゆっくりと足を動かし始めるアンナ。何度か転びそうになりながらもゆっくりと中心へと向かう。 胸の高さまで水面がきていた。 あと2、3歩進めば……。 意を決して足を動かそうとした時、彼女を呼び止める声がした。
「君はそれでいいのかい? 」 「……えっ? 」
彼女はその声に驚く。まさか人がいるとは思っていなかった。 振り向いた彼女の視線の先には、彼女を微笑みながら見ている男の姿があった――。
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