- 日時: 2013/06/12 19:12
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
「――君はそれでいいのかい? 」 「……えっ? 」
男の声に呼び止められたアンナは後ろへと視線を向ける。 ひっそりと佇む男――その顔には優しげな笑みが浮かんでいる。 女性のような美しい顔立ちに思わず息を飲むアンナ。 彼女に男は語りかけてきた。
「君には……素質がある」 「素質……? 」
この男は突如何を言い出すのかとアンナは怪訝な表情を浮かべる。 男はそんな彼女の反応を楽しんでるかのように話を続ける。
「死ぬ覚悟というのはそうできるもんじゃないよ、特に子供のうちにはね」 「……」 「死ぬほどの『絶望』を味わったのかな、君は? 」
男は泉へと歩を進める。その足取りは軽い。
「それほどの絶望を味わった君だからこそ、その素質はある」
男の足は泉の中へと沈む。
「……素質って? 」 「……なんだと思う? 」
徐々に己に近づいてくる男に合わせてアンナも泉の中央へと向けて足を動かす。 一気に沈み込む地底にアンナは足をとられそうになりながらもなんとか体制を保つ。
「……」 黙ったまま男の顔を見つめるアンナに男は優しく答えた。
「『狩り』のだよ」 「……狩り? 」
耳を疑うアンナに彼は話を続ける。
「そうだよ、狩り……僕と同じ『ハンター』だ』
男とアンナの距離はいつの間にか互いの手が取りあえるほどの距離にまで近付いていた。 呆気にとられているアンナに男は語る。
「それほどの絶望を味わった者なら生に対する生着がない。並みの人間なら生への執着から平穏を歩む」
生への執着……そんなものはないとアンナは自嘲気味に笑った。 故郷の消失、母の死、己の汚れ――自分をこの世界に縛るものなどある訳もない。
「だから君のような人はこの職種に向いてる、命を捨ててでも敵を殺すことに……ね」
しかし本当にそうなのだろうか?何かが自分の中に引っかかっていた。 それは何か……その疑問だけが彼女を死の一歩手前に踏みとどめていた。
「どうだい?どうせ捨てる命なら……僕に預けてみないか? 」 「……預ける? 」 「そう、預けてほしい。僕なら君の命を無駄にはしない」
そう言うと男はアンナに手を差し出す。白く綺麗な手だった。 この手を握る事はまだこの世界で生き続ける事を意味している。 その覚悟がアンナにはなかった。
「……私なんかハンターなんてなれる訳ないよ」 「……」 「もう疲れた……楽になりたいの」
アンナの頬を一筋の涙が伝う。 男はその涙を優しく手で拭い、アンナの頭を撫でる。
「君は逃げるような子じゃないだろう? 闘えるはずだ、君自身と」 「……私自身と? 」 「そうだ、死んで楽になるなんて間違いだ。君の両親も君自身に命を絶ってもらうために君をこの世界に受け入れた訳じゃないだろう? 」
両親。その言葉を聞いてアンナはふと両親の顔を思い浮かべた。 仕事で疲れていても笑顔で自分と接してくれた両親の顔がそこにはあった。 生きたくても生きることができなかった両親――それに比べ自分から命を捨てようとしている自分。 自分が情けなくなってしまった。弱い自分に。
「……どうだい? もう一度足掻いてみないか、この世界で」 「……」
どうせ死ぬなら自分の故郷を滅ぼし、自身をここまで死の淵へと追い込んだ化け物を一匹でも多く殺してからでも遅くはないだろう。 アンナの意思は固まり、その目には正気が宿った。
「私に……私にやれるの? 」 「あぁ……僕が君を一流のハンターに仕立ててやる」
アンナの手は無意識のうちに男の手を強く握っていた――。
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