- 日時: 2013/06/18 21:19
- 名前: しろ (ID: mGGuaph9)
――おい、クソガキ。目ぇ開けろ。
誰かの声が聞こえる。 聞き覚えのない男の声……低くかすれた聞きづらい声。 その声が少年の頭の中を駆け回る。
――おい、誰か水持ってねぇか。
男の声の他に……足音、が複数聞こえる。 そして火がはぜる音、何かが崩れ落ちる音……そして全てうを聞き取れない程の人々の声。 泣き叫び、怒り狂い。 そのところどころで少年が一度は耳にしたことのある数多の名前が聞こえてくる。
――僕も……僕も探さなくちゃ、母さん!
その瞬間、少年の顔を肌が切り裂かれんばかりの冷たい何かが覆った。
「うわっ!? 」
冷たいものが水だと理解した瞬間、大量に鼻から水が入り、少年は咳き込みながら跳ね起きた。
「よぅ……おはよう」
びしょ濡れで座り込み呆然としている少年に、男はニカッと黄色い歯を見せて笑う。
「長い間目ぇ開かんかったから、ちと手荒く起こしちまった。すまん」
そうぶっきらぼうに言うと男は少年に背を向け、他の者の介抱をしていた男の仲間と思われる者たちに手を挙げた。 2mを近くはあろうかと思われる男の巨体。 その背には男の背丈と同等の大きさの黒い鞘に納められた『大剣』があった。
「ハン……ター? 」
もともとこの村がある地方には大型の化け物が生息しているというギルドの調査報告はなく、小型の化け物しか発見されていなかった。 それゆえギルドは正式なハンターを村に滞在させる事はなく、村の住人にて結成された『自警団』が少年の村を守っていた。 小型の化け物ならハンターでなくとも撃退だけならできた。だが、今回の襲撃はそれらとは比べ物にならない『飛竜』……蟻が鳥に闘いを挑むようなもので、あまりにも一方的な虐殺だった。
「傭兵……? 」
「あぁ……たまたま俺達はここを通りかかっただけだ。仕事先に向かう途中でな」
男は辺りを見渡しながらため息をつく。
「にしてもヒデェ有り様だな……こりゃ」
住人の家々は一つ残らず焼き付くされ、懸命に耕した田畑も姿はなく、村の住人はもはや原型を留めている死体は数少ない程の血の惨劇。
あまりにも悲惨な光景と、鼻につく臭気に少年は吐き気を催し、腹の底から込み上げてくる胃液を地面にぶちまける。
「おいおい……大丈夫か?」
男は少年の背を擦りながら、水が入った鉄製の水筒を差し出し、口を濯ぐように少年へと声をかける。 全てをを出し終えた少年は震えた手で水筒を受け取り、息切れ切れに感謝の言葉を口にした。 水を口内に流し込み、口を濯いだ少年は水筒を男に返し、力なくその場に崩れ落ちた。
「母さんも死んだ……父さんも死んだ……何で、どうして……! 」
自分と母を化け物の吐いた火炎から身をていして守り焼死した父、化け物に無惨に噛み殺された母。 自分は何もできなかった。何も守れなかった。 己の無力さに怒り、絶望する少年の頬を涙が伝う。 少年の心の奥底からマグマのように押し出してくる激しい感情を隠しきれなかった。
「うぅ……あぁあああぁ!! 」 「……小僧」
少年の叫び声は虚しく山々に響き渡り、日が暮れつつある赤い空へと消えた――。
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