- 日時: 2013/06/12 18:47
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
「おい……ちっとは落ち着いたか?」
少年は男の声に応える事もなく、ただ暗くなった空をうつろな瞳で見つめていた。
男が手渡したパンも口にせず、口もきかない。 まぁ無理もないかと男は少年から目を反らし、パンにかじりつく。
両親も、友も、自分の故郷もー少年は何もかもを失った。 あまりにも救いがない。 生きる希望さえなくしかけているやもしれない。
だが、だからといって自分に何ができるのか。 男はその答えを見つけられずにいた。
ただ無言で二人は向かい合い、焚き火にあたる。 パンを食べ終えた男は重苦しい雰囲気に我慢できず、その場から離れようと立ち上がり、仲間たちの元へ向かおうとした。
「……したの」
男は歩きかけた足を止め、少年へと顔を向ける。
「なんだ?聞こえんかった」
「化け物は……殺したの?」
少年は絞り出したようにか細い声で男に尋ねる。男をみつめる瞳は相も変わらず光がない。
「いや……俺達じゃ撃退するのが手一杯だった」
ハンターよりも装備に劣り、ギルドによる正式な訓練を積んでいない彼らでは『飛竜』などとてもじゃないが殺す事はできない。
現に男の仲間も二人が竜の火球に焼かれ焼死、一人が片腕を食いちぎられている。ただこれだけの被害で済んだのが幸運といえるほどだ。
少年はそうと力なく呟き、再び空に目を向けた。だが、先ほどとは違い頬からは一筋の涙が伝い落ちた。
少年から何もかもを奪った化け物は意気揚々と息長らえている……これ程の屈辱はない。
男はただ一言すまないとしか言えなかった。 彼にはどんな慰めも意味をなさないだろう。 下手な慰めは傷を抉るだけだ。
少年を一人にさせようと男が少年から顔を反らし歩きはじめた時、背後からポツリと『ありがとう』と少年の声が聞こえた。
少年はわかっていた。 男が自分の命を救ってくれた人だということを。
「……そいやぁ、仕事以外で感謝されるなんて、久々だわな」
頭をかきながら男は少年を振り返ることなく自分の仲間の元に去っていった。
一人その場に残された少年は、焚き火にあたりながら男から渡されたパンにかじりつく。
ー生きなくちゃ……みんなの分まで。 ーそして、いつか必ずアイツを……。 ー殺す。
少年の口にしたパンは甘く、しょっぱかった。
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