- 日時: 2013/06/17 22:29
- 名前: しろ (ID: tjxWpYOk)
血だらけで倒れている妻と子……見ただけで分かる死骸。 己の留守の間に何があったのかは分からない。 だが……己の大切なものを奪った者の正体は分かる。 己の眼前に倒れ伏しているこの生き物が殺したのだ。己の大切な者達を。 許すわけにはいかない。この生物を。
「……!? 」
背中に激痛が走る。 アンナは前方に吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。 自分の身に何が起きたのか理解できない。
「あらら……大丈夫? 」
男の声に顔を上げるアンナ。 だが男は助ける訳でもなく、悠然と彼女の事を眺めているだけであった。 男の問いかけに答える間もなく、再度アンナの右足に激痛が走る。
「……あぁっ!? 」
右足に目を向けるとそこには何か尖ったものが突き刺さっていた。 その尖ったものの先に目を向けると――そこには先ほどの獣とよく似た動物。 尖ったものはその獣の角。それが深く右足に突き刺さっていた。
「……くぁあぁ!? 」
声にもならない悲鳴が口から漏れ出る。 痛い、痛い、痛い――今までに味わったこともない痛み。 痛みと共に右足が燃えるように熱い。
痛みに悶えるアンナをその獣は容赦なく角を指したまま引きずりだした。 地面に全身を擦りつけながらアンナは必死に男へと助けを求める。
「……た、助けてっ……! 」 「あらぁ……早くなんとかしないと、君死ぬよ? 」
アンナは絶望した。この男は自分を助ける気がさらさらない。 顔が地面に擦れ、皮膚が裂け、血が流れ出す。男との距離が徐々に開いてゆく。
「……うぁあぁ……」 「僕が何のために刀剣を君に貸したか……まだ分からないのかい? 」
引きずられてゆくアンナの視界に映る地面に突き立てられた刀剣。
「生きる為には相手を殺さなくちゃ自分が死ぬ。戦争も狩りも一緒だよ」 「理由なんて必要ない。自分が生き残る為に相手を殺す……それができない人は死ぬだけだ」
その言葉を聞いた時、アンナは一気に右足を横へと動かした。 引き裂かれる皮と肉――痛みに気を失いそうになりつつも、彼女は必死に左足で地面を蹴り、刀剣が突き刺さっている場所へと転げまわる。 もう彼女には迷いはなかった。
憎き相手が己の角を無理やり外し、地面を転がりまわっている。 普段は温厚な彼だが、この時ばかりは怒りで我を忘れていた。 その生物が手にしたものを彼は見落とし、その生物の命を奪う事だけに執着した。 それは天敵の生物がよく手にしていたもので、何度も同胞たちの命を奪ってきていたものだったというのに。
呼吸荒々しく刀剣の柄を掴み、刀剣を引き抜く。 立ち上がることはもうできない。仰向けになったアンナは刀剣を両手で握り構える。 こちらに角を下ろし突進してくる獣に向けて――突く。
「……! 」
凄まじい衝撃が両腕を伝わる。歯を食いしばり、必死に体重を前へと落とす。 後ろへと押し出されつつも、生々しい音と共に深々と獲物の角の間の眉間に突き刺さってゆく刀身。 刀身から山の噴火の如く血が湧き出てくる。
「うぅ……! 」
獣は甲高い声を上げながらもその突進を止めることはない。 徐々にアンナの顔へと角が迫ってくる。
「うわぁあぁぁ! 」
最後の力を振り絞り、アンナは目を瞑り、一気に刀剣を前へと押し出す。 勢いよく眉間へと突き刺さってゆく刀身――その瞬間、獣の前両足がガクッと崩れた。 獣の角がアンナの左頬を掠り、頬の肉を削り落とす。
「ッ……! 」
ふと自身を後ろへと押しやっていた力がなくなった。刀剣が軽くなる。 ゆっくりと目を開けると、絶命した血だらけの獣の顔があった。
「ひぃ!? 」
左足で獣を蹴りあげると、獣は力なくアンナの横へと倒れた。 刀剣の刀身は獣の頭部を貫通している。 呆けたように口をあけているアンナの耳にパチパチと手を叩く音が聞こえた。 それは男がアンナに向けて拍手をしている音だった。
「いやぁ……お見事!咄嗟の機転でこんな戦い方をするなんて……感動した! 」 「……」 「正直君死んじゃうかなって一瞬思ったけど……」
男は懐から布切れを取り出すと、しゃがみ込み、アンナの顔に飛び散った血を拭おうとした。 アンナはそれを手で払い除けると、男を睨みつける。
「最低な人ね」 「言われ慣れてます」
男は微笑みながらアンナに布切れを差し出した。 アンナは無言でそれを受け取ると顔に付着した血を拭う。白かった布切れはみるみるうちに赤く染まってゆく。 顔を拭っている間、男は話を続ける。
「その調子じゃ僕と行きたくないよね? 」 「当り前でしょ。 あなたと行きたがるイカレタ人なんて何処にもいない」 「いやはや手厳しい。だけど……その怪我でどうするの? 」
右足はあまりの激痛で動かす事もできそうにない。 返答に窮するアンナに男は言う。もう一度、一緒に行くかと。
「君をここで見捨てるのは簡単だが……正直、君の命がなくなるのは惜しい」 「……」 「どうする? 」
どうするもなにも答えは一つしかない。アンナは無言で頷く。 それを見た男はニッコリと笑い、腰に下げている水筒と取り、中の水をアンナの怪我をしている個所へと振りかける。
「……ッ」 「これはちょっと特別な水でね。滲みるけど我慢して」
あらかた洗い流すとやや痛みが緩和されたように感じた。 男が言うにはこの水には傷口によく効くと言われている薬草と治癒力を増すと言われているキノコを混ぜたものらしかった。 男は傷口の周囲を綺麗に布切れでふき取り、腰に取り付けているポーチから薬草をとりだすとそれを傷口に直接当てて、長い布で保護した。 手慣れた動作に感心するアンナに男は微笑む。
「応急処置は終わり。後は街に帰ってから診療所へ行こう」 「ありがとう……」 「光栄なお言葉です」
男はアンナを背負うとゆっくりと街へと向けて歩きだした。 森を抜けたこの場所は街からそんなに遠い場所ではないらしい。 夜が明けつつある中、背負われたアンナは男の背中から男へと問う。
「そういえば……あなたの名前聞いてない」 「そういえばそうだね」 「名前は? 」 「……ロキ。君は? 」 「アンナ。よろしくね、ロキ」
ロキの暖かな背中に揺られ、疲れはてた少女は眠るのだった――。
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