- 日時: 2013/06/12 18:49
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
夜が明けた。
温かな日差しが消失した村に差し込むなか、化け物の襲撃から生き延びた村人たちは疲れ果てた体にむちを打ち、懸命に荷物をまとめていた。 生き延びたのは20名にも満たない。たったひと夜のうちに村の住人の半数以上が死亡。 生き延びた者たちも少なからず負傷していた。
そんな彼らが退去を急ぐのにも理由がある。 いつあの『飛竜』が襲撃してくるか定かではないからだ。 次襲撃された時、今の傭兵達の手には負えない。皆殺しになるのは目に見えている。 それゆえ彼らは疲れ果て、傷ついた体に鞭をうち、夜中の間に燃え尽きた灰の中から焼けることのなかった荷物の収集、死者の簡易な土葬のみ行ったのだ。 そのかいあってほとんどの者が荷物の整理を終え、村を続々と後にしていた。 もちろん傭兵達に手持ちの金を渡し警護を頼んだうえで。
「皆離れ離れだね」
少女は悲しげにつぶやく。 少女は今にも泣き出しそうに顔を歪め、少年の手をギュッと強く握る。 その手は細かく震え、冷たかった。
「そうだね」
唯一生き残った子供は少年とこの少女だけだった。 つい一昨日までは多くの友達が彼らの周りにいたはずなのに。
「アンナ……君はこれからどうする?」
アンナと呼ばれた少女は少年を見つめる。 小さなエメラルド色の瞳からは今にも涙が溢れださんばかりに滴をためている。
「私は……お母さんと一緒にここから北にある街にいる親戚のところに。昨日の夜にお母さんと決めたんだ」
そっかと少年は俯く。 確かにこの村より山を一つ二つ越えたところに街があるのは少年も母親に聞いていた。 そこは商業が発達した商業都市だということしか少年は知らなかったが。
「……君は?」
アンナは少年をジッと見つめる。 ブロンドの短く切りそろえたアンナの髪がほのかに吹きつける風に揺れる。
「僕は……」
この先のことを少年は何も考えていなかった。 両家の祖父、祖母たちも既に病気で亡くなり、他に親戚も名前しか聞いたことがなく、面識がない。 頼れる両親、親戚もいない。 少年は孤独だった。
その時、一人の女性が二人が座っている岩に近寄ってくる。 アンナと同じくエメラルド色の瞳とブロンドの長い髪、彼女の母親だ。
「アンナ、そろそろ行きましょう」
どうやら荷物の整理が済んだらしく、その背には布で包んだ荷物を背負っている。 母親の両隣には二人の男……おそらく彼女が雇った傭兵達だろう。
「はい、ママ」
アンナは少年より手を離し、立ち上がる。 スカートについた砂を軽く手ではたき、彼女は少年へと顔を向けた。 目から大粒の涙が溢れていた。
「……元気で」
少年は力なく頷いた。 密かに想いを寄せていた彼女とも少年は別れなくてはならない。 少年の目からも涙が溢れていたーー。
日が沈み始め、夜の帳が下されようとしている。 村に残っている者は数人の傭兵達と一人残された少年だけだった。
−これからどうしたら……。
少年は一人思案を巡らしていた。 どこに向かうにしてもこれからは一人でなんとかしなくてはならない。 もう養ってくれる両親もいないのだ。
とにかくここにいつまでも居るべきではない事は彼にも分かっていた。 だがだからといって何処に向かえばいいのか……彼には見当もつかない。 アンナと同じく北の商業都市か…はたまた新境地を探すか。 いやどちらにしても無理である。 少年一人で移動するにはあまりにも無謀すぎる。 もし北の商業都市までは向かうにしても徒歩で少なくとも一日はかかる……その間に化け物にでも襲われたら命はない。 わざわざ殺されにゆくようなものだ。 少年は頭を抱え、己の力のなさに身もだえする。
「……どうしよう」
「おやおや……お困りごとですか?お坊ちゃん」
視線を前に向けるとそこにはあの男の姿があった。
「行く場所がない……んだ」
男はほほうと頷きながら少年の前に立つ。 前に立たれるとすごい威圧感だと少年は思いつつ、男の顔を見上げる。 男の顔は暗闇に覆われていたが、どうやら男の顔には笑みが浮かんでいた。
「何がおかしいんだよ」
男は鼻で笑うと少年の頭に手を置いた。 その手はゴツゴツした岩のように固く、重い。
「坊主、俺が雇ってやろうか?雑用係に……よ」
「えっ?」
「まぁ俺達もその日暮らしだからその日の食いぶちしか与えられんが……どうする?」
その大きな手はほのかな温もりを帯びていたーー。
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