- 日時: 2013/07/07 19:26
- 名前: しろ (ID: .hhFuArg)
日が沈みつつあるセズナの街中は、家路につく人々の姿で溢れかえっている。 得物を屠り、多額の賞金を得たと喜ぶハンター達。 2本の巨大な角を持ち、全身を毛で覆われた草食獣の背に大量の荷物を載せ引き連れる商人。 手を繋ぎ、笑顔で語り合う母と娘……皆が皆、各々の帰る場所へと帰ってゆく。 その人混みの中で一人心が沈んでいるものがいた。
「……」 「どうしたの?レイ? 」
ふと立ち止まった少年をセナは見つめる。 まだ幼い少年の瞳は、彼らの横を通り過ぎていった母子を追っていた。
「いや……ちょっと思い出しちゃって」 「……レイ」
海の様に蒼く澄んだ瞳がセナを見つめる。 その海にはどれほどの悲しみが沈んでいるのか……彼女にも理解できる。 ぎこちなく微笑むレイにセナが声をかけようとした時。
「おいテメェら!何してんだ!?置いてくぞ!? 」
セーヤの呼びかけに少年は慌てて歩を進めようとした。 言葉をだしかけていたセナは、反射的に駆け出そうとしていたレイの手を掴む。
「えっ? 」
驚いた顔で自分を見つめている少年。 過去の自分と今の少年の姿がどうしても被って見えた。 だから止めずにはいられなかった。 この少年、いや過去の自分に対して言いたかった事を言うために。
「……あのね、レイ」 「何? 」 「一人で全てを抱え込まないで」
その言葉だけを彼女は少年に伝えたかった。 自分の思いを語る人がいない事の辛さを彼女は痛いほど分かっている。 恩人のセーヤにもトールにも語る事ができなかった、自分の思いを。 その思いはここまで生きてきた自分の足枷になっているのを彼女は感じていた。 彼を自分の二の舞にしたくない……その想いだけが彼女の口を動かしていた。
「私はあなたを支えたい」 「……セナ」 「だから……話がしたい時は聞くからね」
彼と同じ道を辿った事のある自分だからこそ、少年の苦しみを少しでも背負えたら。 その想いからでた彼女の言葉にレイは頷く。 少年の顔には笑顔があった。 それは作られた笑顔ではない、本当の笑顔。
「ありがとう、セナ」 「うん、行こう。隊長達が待ってるから」
これから先、この少年を守っていこう。例えどんな事が起きようと。 セナの心の奥でその想いが実った、セズナの夕暮れの一角であった――。
「あいつら……何やってんだ? 」
立ち尽くしたまま動かない二人の部下に対し、軽く舌打ちをする。 早く飯を喰いたい――セーヤの怒りは、腹の虫が鳴るのが原因のようだった。
「何か話をしているようだが、隊長」 「んなの見りゃ分かるんだよ、ハゲ」
その時、セーヤの肩に、彼の横を通り過ぎようとした男の肩がぶつかった。 爆発寸前の火山を噴火させるには十分な火種であった。
「こらぁ!どこ見てんだっ!? 」 「あぁ、これは失敬。ちょっと急ぎなもんでね」
男の言い草が妙に勘に触ったセーヤが男に掴みかかろうと前に踏み出したとき、セーヤは男が何かを背負っているのに気がついた。 男の肩からはみだしている細い腕、男の抱えている白い足。 そのどちらも擦り傷があり、所々赤く腫れ上がっている。 特に右足は酷いもので、右足に巻いている布切れは赤黒く変色している。 顔はフードを深く被っているために判別することはできなかった。
「おい……そいつ、怪我してるじゃねぇか」 「……そうだよ、だから診療所に急いでるんじゃないか」
喧嘩腰であったセーヤもそうと聞けば流石に男を留め置く事はできない。 無言で男の進路から身を外したセーヤに男は微笑む。
「ありがとう」 「ちっ……早く行けよ」
女か男か分からない中性的な顔立ちに、更にセーヤの怒りは削がれてしまった。 ゆっくりと歩いて去っていく男の背中をセーヤが見送っていると、レイとセナの声が彼の耳に入ってきた。
「ごめん、セーヤ」 「ごめんね、隊長……ってどうしたの? 」 「……なんでもねぇよ」
レイとセナは不機嫌なセーヤを怒らせてしまったかと恐縮するのだった。 不機嫌な隊長とその三人の部下も、家路に着く人々の流れの中へと消えていった――。
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