- 日時: 2013/07/03 21:18
- 名前: しろ (ID: LwfsTE9J)
2-7A
足元を照らす僅かな淡い光を頼りに、彼女は道を進んでいた。 その道には茨の棘の様に小さい無数の棘があり、足を前へと進ませるごとに足裏を傷つける。 何も履くものもない彼女――なら進まなければいいではないか。 ふと足を止め、後ろを彼女は振り返る。 自分が歩んできた道は音もなく消失していた――変わりにそこにあったのは無数の屍。 飛び散る血、漂う死臭――悲鳴をあげつつ彼女は一目散に前へと駆けだす。 足の痛みなど気にしている暇はない、奴が近くまできていた。もう、彼女のすぐ後ろまで。
「あぁ……ああぁ……! 」
息切れ切れにただ前へ前へと駆ける。 何度も足がもつれそうになりながらも、必死に彼女は走った。 足元の痛みに唇を噛みながらも必死に耐え、光のない道をただただ走っていく。 だが……もう限界であった。
「あぁ!? 」
疲れとあまりの痛みに耐えきれず前へと倒れこむ彼女の後ろから響く咆哮。 それはこの世のものとは思えない、化け物の咆哮であった。 耳を切り裂かんばかりの咆哮の後、ズシッズシッと道を踏みしめる音。 もう逃げられない――目を瞑ったと同時に、彼女の胴体は化け物によって噛みちぎられた。
「あぁあああぁぁッ!……あっ……? 」 「……あ、目が覚めた? 」
目の前には、こちらを見下ろしている男の顔があった。 女性か男性か分からない中世的な顔に、陰湿な雰囲気の漂う細長い目。 あまり生気の感じられない白い顔には彼女は見覚えがあった。 確か名前は……。
「ロキ……? 」 「おはよう、アンナ。よく眠れた? 」
ロキは優しく微笑んでくる。 そうだ、確かこの人に背負われて眠ってしまったんだ。
「ここは……」 「あぁ、ここ診療所。綺麗なところでしょ」
アンナの横たわるベッドと、ロキの座る椅子のみが置いてあるだけの狭い部屋であった。
「大丈夫かい?だいぶうなされてたけど……」 「あっ……うん、大丈夫」
ゆっくりとアンナは体を起こそうとすると、全身に鈍い痛みが走る。
「痛ッ! 」 「あぁ、まだ起きない方がいいよ。医者が言うには3週間は安静にしてろって言ってたからね」
誰がこのような目に合わせたのか、この男は分かっているのだろうか。 アンナは痛みをこらえつつも、ゆっくりと上半身を起こし、額から流れ出ていた汗を手で拭う。 己の肢体には無数の擦り傷と赤い腫れがあり、所々に包帯が巻かれていた。 特に痛みの酷い右足には緑色に染まった布が巻かれており、何か花の蜜の様な甘い匂いがしている。
「これは……? 」 「それは特別な薬品に長い時間漬けた特別なものだってさ。傷の完治が早まるらしいよ」 「そう……私、どのくらい寝てたの? 」 「うーん……まぁ朝から晩まで、かな」
ロキはそう言いながら笑った。 この人は私を背負ってどのぐらいの長い距離を歩いてきたのだろう。 自分だって疲れているのにずっと傍にいてくれたのだろうか。 そう思うと自然と言葉が口からでていた。
「ありがとう、ロキ」 「いえいえ、当然の事をしたまでです」
ロキはアンナに微笑むと、傍らに置いていた弓を肩に背負い立ち上がった。
「行くの? 」 「うん、君も目が覚めたようだし。僕も休ませてもらうよ」
部屋の扉を開けたロキの背中に、アンナはもう一度感謝の言葉を述べた。「ありがとう」――と。 ロキは振り向くことなく、右手だけを上げて彼女への返答とした。 ロキが姿を消すと、アンナはゆっくりと体をベッドへと戻し、目を瞑る。 それから急激に襲ってきた眠気に、彼女は身を委ねるのだった――。
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