- 日時: 2013/06/12 18:51
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
化け物の襲撃、故郷の消失、友達との別れ……。 まだ幼いアンナにとってはとても受け入れられる現実ではなかった。 一昨日までの平和な日常……友と談笑し、笑い、遊んだ日。 今はそれが遠い昔の事に思える。
「アンナ……大丈夫?」
彼女の母が心配そうに顔を覗いてくる。 いつもは鳥のさえずりの様にうるさい我が娘が、村を離れてから一言も言葉を発しないのを心配したのだろう。 アンナは大丈夫と一言呟き、力なき笑みを浮かべる。
ふと足を止めて後ろを振り返る……もう村の姿は見えない。 この土地に戻ってくることはないかもしれないと彼女は思う。 もう思い出だけしか残っていないのだから。 アンナが再び前を向いたとき、彼女の前を歩いていた傭兵二人が急に足を止めた。
「さて、そろそろいいかね?」
傭兵達は振り返り、不快な笑みを浮かべる。
「どうしたんですか?」
アンナの母が怪訝そうに問いかけると、傭兵達は無言で腰にさしていた刀を鞘から引き抜いた。 アンナとその母は驚き、後ずさりをする。
「どうしたもなにも……いやね、こんな少ない金額で命を張って仕事するのも馬鹿みたいだなぁ……なんて」
逃げようとしたアンナとその母親の手首を男達はすかさず掴み、地面へと倒し伏せる。 必死に悶える母と娘……だが男に力で勝てるわけもない。 大声で助けを求める二人の口に素早く猿轡をかませ、男達は周囲を見渡し誰もいない事を確認する。
「誰もいないな……ようやくいい機会に出会えたなぁ」
「あぁ。もう傭兵なんて馬鹿らしくてやってられねぇしな。あいつも頼りにならねぇし……」
男達は二人の手首を頑丈に腰に巻いていたロープで縛り上げ抱きかかえる。 声も上げれず、身動きをとることもできない……アンナの心は恐怖に震えていた。 涙に濡れるアンナ…それが男をある感情へと引き立てた。 アンナを抱きかかえた男は街路の近くに深く生い茂った森がある事を確認すると、もう一人の男に顎でその場所を示す。
「おいっ、こいつらから身ぐるみ剥ぎ取るのもよぉ……ちょっと楽しんだ後でいいんじゃねぇか」
「おう、それもそうだな……最近ごぶさただったしなぁ」
男達は森へと足を向け、足早に駆け去って行った。 この後彼女の花は無常にも散り乱れ、運命が更に狂い始める事となる。 空はそれを暗示するかのように暗雲が立ち込めていた――。
「いいの?」
少年は男を見つめる。 その顔は驚きに満ち溢れていた。
「あんっ?男に二言はねぇんだよ、クソガキ」
男は腕を組みながら口元に笑みを浮かべている。
「クソガキっていうな!」
少年は頬を膨らませ不服そうに言う。 そんな少年に男は名前を知らないからなとだけ返す。 それを言われると何も言い返せない少年はぷいっと男から顔を背けた。
「はははっ!そんなに怒るなよ!ほら」
男は短く切りそろえた乱れ髪をかきながら右手を少年に出しだした。 少年はそれを横目で確認し、男に顔を戻す。 男の顔から笑みは消えていた。
「ほら、簡単な契約だ。 お前がこの手を握れば、お前は俺に雇用された事になる。さぁ、どうする?」
少年に迷いはあるはずもない。 生きてゆく為にはどの道誰かの協力が必要不可欠……なら、このチャンスを逃せない。 少年の右手と、男の右手は固く結ばれた。
「契約完了だ」
男の顔には再び笑みが戻っていた。 強面の顔に傷だらけの顔……だが黒く丸い大きな目とダンゴ鼻に少年は安堵感を覚えていた。
−この人になら僕の命を預けられる。
「俺はセーヤ……セーヤ・ロハンドだ。お前は?」
セーヤと名乗った男は少年へと問いかけた。 少年は彼の目を見ながら答える。
「僕はレイ。レイ・スクリード」
この時少年の蒼い瞳に光が宿る。 その光がこの先どのように道を照らしだすのか。 天国と地獄、それは両隣である。
|