- 日時: 2013/07/05 18:04
- 名前: しろ (ID: mdvoBE0A)
己のテリトリーに侵入するものは殺す。 それが彼の信条ゆえに、彼は侵入者を排除した。 体を潰し、噛み砕き、血を飲み干す。彼にとって実に侵入者は弱かった。 そんな獲物も残り一匹――。
「ひぃぃい! 」 男の足元に転がる無残な死体。 それは胴体を潰された者、首から上を噛み切られた者、泥の塊で窒息死した者の亡骸だった。
「あぁぁ!くそッたれ!来るならきやがれ! 」
震える手で刀を握る男。 今までに感じたことのない恐怖が、男の心の奥底から沸き上がってくる。 男の眼前に化け物の姿はない。一体どこに消えたのか――。
「はぁー……はぁー……ちくしょう!どうして俺が……! 」
いつもと変わらない仕事となるはずだった。 商人達の荷物の護衛を終え、今頃は酒場で仲間達と酒を酌み交わしているはずであった。 だが……現実は非情である。 信頼する仲間は無残に殺され、一人の商人と荷を運んでいた草食獣も同じ骸となり、生き残ったのは自分といつの間にか逃げていたもう一人の商人だけであった。
「くそッ、こいつが近道なんてしようとするから……こんな目に」
男は足元に転がる顔のない商人の死体を蹴りながら悪態をつく。 この男がいる沼地からセズナの街までは約2時間、街道を往くよりも4時間以上早く着くことができた。 だが多くの者が沼地を越えず、わざわざ遠回りである街道を往く。それは何故か――。
「くそぉおぉ!どこだッ、姿を見せやがれ!この化け物がッ! 」
男の周囲に広がるどす黒い色をした沼地――ここに住まう化け物がその原因であった。 その化け物の被害が後を絶たないゆえに皆が皆、遠回りの街道を往くのだ。 それを商人も、この傭兵達も知っていた。 だが、急ぐ商談があるとの事で、倍の金額を出すことを条件として彼らはこの沼地を訪れてしまった。
「はぁー……はぁー……ちくしょう、ちくしょう! 」
男の背後で、沼の池がボコッと音をたてて息をする。 男はそれに気がついていない。徐々にそれは男へと近づいてゆく。
「くそッ……まだ死にたくない……死にたく……」
男は己の背後に何者かの気配を感じた。 ゆっくりと顔を後ろへ向ける――そこには先ほどまではなかった、岩の様な突起物があった。 男はそれを見た瞬間、顔を恐怖へと歪め、握りしめていた刀をそれに目がけて振り下ろす。
男の耳に響き渡る鈍い金属音と、頬を掠り宙へと舞った刀の刃。 男の刀は半分に折れていた。
「うわぁあぁああぁッ!? 」
男は刀を捨てて逃げ出そうとした。だがもう遅い。 突起物は勢いよく沼の中から飛び出すと、逃げ出そうとしていた男の背へと向けて突き出された。 それが直撃し、たまらず前方へと吹き飛ばされる男。
「あぁぁ……!? 」
激痛に顔を歪めながらも、男は必死に立ち上がろうとした。 だが男の体は、男の背後から伸びる陰に全身が覆われる。既に彼の後ろにはこの沼の主の姿があった――。
最後の侵入者を踏みつぶした彼は満足した。 もう己のテリトリーを荒らす者はいない、誰も己の安眠を脅かすものはいない。 安眠……そうだ、少し体を動かしたせいか、酷く疲れた。 少し眠りにつこう、少しだけ。
そうして沼の主は再び沼池の中へと身を潜め、己の寝床へと向かう。 沼の主が去ったその場には、無残な死体が残されるばかりであった――。
「おい、聞いたか? 」 「何を? お前がカードでぼろ負けした話か? 」 「ちげぇよ、馬鹿。……またあの沼地で死人がでたらしい」 「あーまたか。最近多いなぁ、あの沼地」
セズナギルド支部――狐目の受付嬢の前で、二人の傭兵が話をしていた。 一人は腰に刀剣を佩き、もう一人は肩に弓を担いでいる。 男達の会話の内容はセズナの街から数十キロ離れたところにある広大な沼地群での話らしい。 その沼地に入った行商団の一員の生き残りが命からがらセズナの街の門まで逃げてきたところからこの話は広まっていた。
「けどまだ死んだかなんてわかってないんだろ? 」 「いやーもう死んでるだろ、三日以上街に戻ってないらしいしな」
狐目が準備した金が入った袋を受け取りながら、弓の男は肩をすくませる。
「さすがにこれ以上ギルドも野放しにできないんじゃないか」 「そうだな……今回で3件目だし、動くかもな」 「募集されたら……行くか? 」 刀剣を佩いた男は笑いながら首を横に振った。
「いくら金積まれても行く気にならんね」 「そうだな、命なくしちゃ……これの意味ないからな」
弓の男は金のはいった袋を揺らしてみせる。
「……」
狐目は刀剣を佩いた男に受け取りの証明書に記入してもらうと、ぺこりと頭を下げた。 男達はそんな彼女にわき目も振らず、受け取った金で何をするかを相談しながら外へと出て行った。
「……」
一人取り残された彼女は、机から一枚の紙を取り出し、依頼掲示板と書かれている板の前に歩いてゆく。 板に取り出した紙に掲示し、彼女はゆっくりと受付の席へと戻った。 彼女が張り出した紙には、一匹の化け物の絵と大きな文字でその化け物の種別が書かれていた。『獣竜種』と――。
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