- 日時: 2013/07/08 16:19
- 名前: しろ (ID: IFsmZYSR)
青く澄み渡る空、その空を見ている時だけが唯一自分の心が安らぐ時であった。 幼い頃から続けている習慣。大人になった今でもそれは続いている。 空という青いキャンバス――そう、彼は幼い頃から自分の未来の姿を空に描いてきた。 大金持ちで信望のある大行商人、街の政治を司る役人など彼は年相応の夢を空に描いてきたのだ。 だが、今の現実はそのどれでもない。まさにそれとは正反対の道に今は進んでいる。 あの化け物に襲われてからというもの、彼の運命は変わった。 安寧の子供の頃の夢から、あの化け物を自身の手で葬るという死線の夢へと――。
「またここですか、隊長」
女の声。セーヤは視線を空から落とし、後ろへと向ける。 そこには登ってきた梯子から屋根の上へとひょっこりと顔を出しているセナの顔があった。 セナは屋根の上へと登り、セーヤが腰かけている後ろへと立つ。
「……なんだ」 「なんだとはないでしょ、なんだとは」
白銀の空の屋根の上――セーヤの姿が建物内にない時は、必ずここにいるという程、彼はこの場所を好いていた。 いつもは豪快な彼が、この場所にいるときだけは別人かと思う程に心穏やかになる。 そのため団員達は彼がここにいるときに何か仕事でミスを犯したときは謝りにくる程だ。
「次の仕事どうするんです?他の団員達は仕事に出てるけど……」 「そうだなぁ……熊の金もこの前の飲みで大半消えたからなぁ」
この前の飲みとは、レイの祝賀会の事である。 高額なワイン酒とその肴として購入した食事により2000z程を消費し、残った1000zをレイを除いたセーヤ、セナ、トールの3人で折半したのだ。 そのため、今後の食い扶持を稼ぐためには仕事――狩り、もしくは警護をしなくてはならない。 基本的に傭兵団は常に何人かのグループで活動をしており、他の団員達は彼らと同じく狩りや行商人の警護などをして生計を立てている。 本来は傭兵団の長がギルドから仕事を斡旋し、団員の力量に合わせた仕事を回し、その成功報酬の何割かを団長へと収めるのが基本であるが……。 白銀の空ではそうではない。 傭兵団として存在こそはしているものの、仕事の依頼は基本的にギルドより依頼されることなく、ギルド支部にある依頼板より団員達は仕事を請け負う。 そのため、本来は斡旋料として月ごとにギルドに傭兵団からいくらか収める事となっているのだが、この傭兵団にはそれがない。 その利点として、成功報酬は純粋に自分達のものになるうえ、長であるセーヤにも金を渡す必要がない。 純粋に利益だけを求める者達がこの白銀の空へと所属しているのだ。 だが利点があるからには、その反対もある。それは仕事が限定されるということ。 個人の依頼を引き受けるにはそこらの酒場にでもいけばいくらでも安い仕事はあるが、ギルドの依頼については少々違う。 依頼板に回る仕事はギルドが各々の傭兵団に斡旋した仕事を断られた場合にのみ貼り出される。 つまり危険度が高いゆえに各々の傭兵団から断られた仕事であり、その分報酬が高いのがギルドの依頼なのだ。
「この前の飲みは仕方ないでしょ。隊長の我がままであの村を助けたんだから」 「あぁ、そうだな……あいつらもあれで納得して良かったよ」 「まあ皆が皆本当に納得した訳じゃないですけどね、現に3人死んじゃってるし。あ、それと2人行方不明か」 「……」 「けど日頃滅多に飲めない高級なお酒と食べ物出されたら怒るに怒れないんですよ、みんな」
セナが笑いながら懐から一枚の紙を取り出し、セーヤに手渡した。
「……あん? 」 「それ、ギルドの依頼所から引っぺがしてきたヤツです」 「『獣竜種』……あの沼か? 」
セナは頷く。
「またあの沼で行方不明者が出たみたいで……さすがにギルドもこれ以上野放しにできないと踏んだみたいです」 「そりゃぁそうだわな、それでこれが貼られたって事は……」 「どの傭兵団も請け負わなかったみたいですね」
獣竜種と書かれた文字の下には1万zの数字が書かれていた。 彼らが討伐した熊の3倍以上の破格の賞金である。
「今もまだ請け負うギルドは見つかってないみたいですけど……どうします? 」 「どうするもこうするもないだろ、やるぞ」
セーヤはニッと口元を緩ませ、紙を懐へとしまった。
「それにこれだけの大事なら、俺達はハンター様の補佐役だろうよ」 「そうですね、その紙に書かれていましたけど、数人のハンターの補佐役としての依頼みたいです」 「そうだろ?ならやりようはいくらでもある」
セーヤは大きく伸びをしながら、立ち上がる。 そこにはもう穏やかな彼の顔はなかった。
「俺は今から支部に行って、こいつを請け負ってくる」 「了解です、隊長」
セーヤが梯子を下りてゆくのを見送った後、セナは屋根の上に座り込み、そこから見える景色を眺める。 ここからの眺めは商業区までも見渡せる。それほどの高所に狩猟地区は存在しているのだ。 商業都市で小さくうごめく人の群れを目を細めながら見つめるセナ。その顔にはどこか暗い影がさす。
「……」
もしあの時、あの様な事が起きなければ今では自分もあの平和な商業地区の様な場所に住んでいたのではないか――。 彼女は頭の隅に沸き上がるその思いに苦笑いをしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「……過去には戻れない。もう二度と」
そう呟き、彼女はその場を後にするのだった――。
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