- 日時: 2013/07/13 18:20
- 名前: しろ (ID: I2Ema2Sn)
あの鳥は何処まで飛んでゆくのだろう――ふとアンナの頭に疑問が浮かぶ。 彼女の入院している院内には小さな中庭があった。 そこはまだ6m程の小さな木が一本だけ植えられただけの質素な中庭。 中庭には天井はなく、ポッカリと空いた天井から空より来客が訪れるのだ。 木の枝に止まり、綺麗な歌声を発する来客を彼女はジッと立ちながら見つめていた。
「……」 「どうしたんだい?そんなところでたそがれて」
アンナは声のする方へ顔を向けることなく、ただジッと木を眺めている。 そんな彼女に苦笑いで応じるロキ。その手には小さな花束が握られていた。
「はい、どうぞ」 「……何、これ」 「何って……プレゼントだよ、プレゼントッ! 」
ロキが半ば強引にアンナへと花束を手渡す。 色とりどりの花で造られた花束。花の甘い匂いがアンナの鼻腔に漂う。
「いい匂い……」 「そうだろ?それは僕お手製の花束だからね、いい感じでしょ? 」
ロキが子供っぽく笑う。それを見て微笑む自分。 この人といるとどうしてこうも心が穏やかになるのだろう。 どうしても今の自分では理解できない感情に嫌になる。
「傷の具合はどうだい? 」 「んー……だいぶ良くなったかな? まだ痛むけどね」
アンナがこの診療所に運びこまれてから1週間、傷の治癒もだいぶ進んでいた。 体中の擦り傷も後は少々残っているもののほぼ完治し、一番重症であった右足も、医師特製の包帯のお陰で傷口がだいぶ塞がっている。 歩行はやや不安定なものの、十分に日常生活を送れるほどにアンナの体の傷は治癒していた。
「そうかぁ、良かった。僕も責任感じてるからね」 「……責任感じてるんだね、一応」
アンナは小さくため息をつく。
「そうだよ、責任感じてなきゃ君をここに連れてきたりしないよ」 「はいはい、分かりました」
枝に止まっていた鳥が空へと羽ばたいてゆく。 まるで太陽のように赤いその鳥は、小さな鳴き声を上げながらアンナの頭上を飛び去って行った。 後に残ったのはアンナの頭上にヒラヒラと舞い落ちてきたその鳥の羽根。 アンナは足元に落ちてきたその羽根を拾い、後ろにいるロキへと手渡す。
「ん、なんだい……それ? 」 「羽根、花のお礼に」
アンナから受け取ったロキは優しく頬笑み、一言ありがとうと返答し、腰につけているベルトに刺した。 その言葉にどこか心が火照るのを感じながらも、アンナはそれを顔に出すことはなく、頷いた。
「あっ、それとあと一つ、君に渡したいものがある」 「えっ? 」 「これ……君のだよね? 」
ロキが差し出した右手には小さな人形。赤いドレスを身にまとった、ブロンド髪の長い髪をした女の子。
「あっ……」 「君が僕の背中で眠ってた時に落ちてきたんだ。寝てる君を起こすのも可哀想だったから、僕が預かってたんだけど……」
アンナの手に渡された小さな人形。ニッコリと笑ったその顔を見た途端、アンナの視界がぼやけてゆく。 それは涙であり、抑えきれない感情があふれ出た結果であった。
「えっ!? どうしたのッ!? 僕何かしたッ!? 」 「……ち、違うの。そ、それお母さんが作ってくれた……や、やつで……な、失くしたかと思って……て」
その小さな人形は、アンナの母親が彼女がまだ幼い赤ん坊の頃に作ってくれたもの。 赤いドレスも、ニッコリとした顔も所々が破れかけてており、ボロボロであったが間違いなく彼女の人形だった。 ロキは慌ててアンナの背中を摩りながら、懐から一枚の布を取り出しアンナへと渡した。
「ごめんね、そんな事とは知らなかったから……早く返しにくればよかった」 「ううん……いいの。わざわざありがとう」
母親がどんな思いをしながらこの人形を作ってくれたのか、どんな思いでこれを幼き頃の自分に託したのか。 それをいずれ自分にとっていい日が来たときに聞こうと思っていたのに――母がいる前で自分の子供にこの人形を渡してあげたかったのに。 したくてもできない、聞きたくても聞けない――その想いから溢れ出てくる涙であった。 そんなアンナをロキはそっと自分の方へと抱き寄せる。
「泣きたいときはうんと泣けばいい。それが君の生きる力に変わるから」 「……ありがとう」
この人の暖かさに初めて触れられた。 いつまでもこの人の暖かさを傍で感じていたい。何故そう思うのかは分からないけど――。 その為にも私は今を生き抜く――。
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