- 日時: 2014/04/26 09:48
- 名前: ダブルサクライザー ◆4PNYZHmIeM (ID: ZBX54UNU)
モンスターハンター 〜輪廻の唄〜
四十一章 蒼天の上と下で 〜チコ村編〜
ワルキューレが無事に出航してから、数時間。 アストは甲板の手すりに手を掛けて、二色の蒼を眺めながら潮風を浴びていた。 二色の蒼と言うのは、空と海のことだ。明るい方が空で、深い方が海だ。 「うわぁ……こうして見ると、広いもんだなぁ……」 水平線の向こうを見るアスト。あの水平線に際限はなく、水平線の向こう側というのは、自分自身の背中のことかも知れない。昔の偉人は本当にこのあまりにも広大すぎる海を一周して、この海は全て繋がっていることを証明したのだ。 「うん。私も何度か船に乗ったことはあるけど、いつ見てもこの景色は好きだよ」 アストの右隣にいるのは、カトリアだ。 「俺は船に乗ったのは初めてですけど、なんか、カトリアさんの気持ちが分かる気がします」 アストは横目でカトリアを見ながら、蒼海を眺める。が、そのうちその目はカトリアしか見なくなっていた。 (やっぱ、カトリアさんってめちゃめちゃ可愛い人だよな……) 見ていたいのに、なんとなく目を逸らしたくなる、そんな矛盾した気持ちに戸惑うアストだったが、カトリアを見ていて考えることがあった。 「ねぇ、カトリアさん」 「何?アストくん」 やはり、カトリアはどこか普通ではない。 「そろそろ、話してくれてもいいんじゃないですか?」 「話すって、何を?」 出会ったときはキャラバンの団長だと名乗っていながら、アストが見聞きもしない装備を持っていた。 「カトリアさんの、過去ですよ」 不意に、カトリアの顔が凍りついたように固まった。 「マガレットとニーリンはまだですけど、バルバレにいた時の他の皆とは自分のこととか話し合ってたんですよ。……でも俺、カトリアさんの話だけまだ聞いてないんですよ」 「…………」 だが、モンスターを前にすると一方的にやられるばかりで、装備相応のハンターとは思えなかった。 「どうしても嫌だって言うなら、何も聞きませんよ。ただ、カトリアさんのことが気になってただけですから」 アストも、無理に他人の過去を聞き出そうとするほど悪趣味を持っているつもりはない。 しばらく沈黙が続いた後で、カトリアは答えを出した。 「……じゃあ、最初から話すね。私の生まれから」 カトリアはポツリポツリと話始めた。 生まれて間もなく、モンスターに故郷と家族、友達を滅ぼされたこと。 アテもなくモンスターハンターなど始めて、ライラとセージと出会って、信じ合える仲間も出来たこと。 その仲間が、カトリアも含めて後に四大女神と呼ばれるようになったこと。 ある時、正体不明のモンスターに遭遇し、カトリアを守るために仲間達が次々と死んでいったこと。 その恐怖のあまりのショックで、モンスターの前で武器を握れなくなってしまった、ある種の心的恐怖症に陥ったこと。 それでも、仲間達と誓った「世界を回ること」を果たすためにキャラバンを興したこと。 そんなこんなが続いて、今に至ること。 その時の瞬間を綴る物語は、また別のお話……。
そんなアストとカトリアを遠くから見る者達。 「うわーっ、アストさんとカトリアさんっ、ラッブラブじゃないですかーっ。やっぱりっ、あーんな関係やそーんな関係になってるんじゃっ……」 シオンはひそひそと声に出す。 「……その割には、カトリアさんが悲しそうで、アストさんも辛そうです」 ラッブラブ(?)の二人の表情を見比べるエリス。 「一体、何を話してるんでしょうか?」 マガレットは心配そうな表情で二人を見詰めていた。 「はぁい、ランチのサンドイッチですよぉ」 この雰囲気をぶち壊して昼食を持ってくるのはルピナス。目の前にモンスターが現れてもこんな調子ではないだろうか。 「おぉ、いただきますぞ、クリティア殿」 どこからともなくニーリンが現れては、ルピナスの用意してくれたサンドイッチを手に取った。 「そもそもだよ、皆の衆。そんなに気になるなら直接訊けばよかろう?」 ニーリンはサンドイッチを頬張りながら、親指をアストとカトリアに向ける。 「アストくぅん、カトリアさぁん。ランチのサンドイッチですよぉ」 ニーリンの言葉など耳にも貸さずにあの二人に向かう勇者はルピナスだった。最も、サンドイッチだけ渡して立ち去るだけだろうが。
一方の操舵室。 ライラは舵を軽く切りながら、欠伸をもらす。 「ふぁ〜ぁ、操舵って意外と退屈ねぇ〜」 甲板の方から、楽しそうな声が聞こえてくる。 アストかニーリンに変わってもらおうか、と思った時だった。 ふと、窓の向こう側に見えた景色に目を細めた。 水平線の向こうから、黒い雲が立ち込めてくる。 「嵐、かな。退屈とか言ってる場合じゃないね」 この先、海が荒れるかも知れない。 ライラは頬を軽く叩いて気を引き締める。
黒い雲は予想通り、豪雨と強風を降り散らしてくる。 「みんな、早く船室に入って!」 カトリアは甲板にいるメンバー達を先に船室に入れさせる。 残るはアストとニーリンとセージ、カトリアとなった時、ニーリンはふと手すりに乗り出した。 「ニーリン、どうした?」 アストはニーリンの横顔を見やる。 ニーリンの目は鋭利な刃物のように細まり、その荒れ狂う水平線の向こう側を見ていた。 「なんだ、アレは……?」 「アレって?俺じゃ見えないんだけど」 「イレーネ殿、先に避難されよ。アルナイルくん、オトモくん、戦闘体勢に入れ」 アストでは見えなかったが、ニーリンは確かに見えたのだろう。長距離狙撃を旨とする彼女の視力の強さは確かだ。 「モンスターかニャ?」 セージは背中のラギアネコアンカーの柄に手を掛ける。 「私の視力が腐ってなければな。だが……」 ニーリンは妃竜砲【遠撃】を展開し、可変倍率スコープに目を通しながらスコープの倍率を最大まで伸ばす。 微かながら、見えた。 この豪雨の中、船の上で黒いモンスターと戦っているハンターだ。 「ニーリンさん、何が見えた?」 カトリアはニーリンの背中に問い掛ける。 「イレーネ殿、エルミール殿に艦を二時方向に向けるよう伝えてくれ。人助けだ」 「分かった」 カトリアは頷くと、駆け足で操舵室へ向かう。 「ニーリン」 アストはスコープを覗いたまま動かないニーリンに声をかける。 「アルナイルくん。バリスタの使い方は分かるな?まずは艦砲射撃で牽制するぞ」 「あ、あぁ」 アストは自信はなさげに頷くが、やれるはずだという目はしている。 不意に艦の向きが変わり、ワルキューレは急激に進路を変えていく。 黒い雲の向こうから、一隻の船と、黒い翼が見えた。 |