- 日時: 2014/05/25 11:23
- 名前: ダブルサクライザー ◆4PNYZHmIeM (ID: vsgokmmP)
モンスターハンター 〜輪廻の唄〜
五十九章 別れたくなかったからです
翌日、ミナーヴァは出発準備を整えていた。 まずはワルキューレを停泊させている港町まで戻り、海路を渡ってナグリ村へ向かうのだ。 出発準備を整え後は歩くだけと言う中、ツバキは見送りに来ていた。 「お世話になりました、カトリアさん」 ツバキは律儀にカトリアに頭を下げる。 「うぅん、お世話ってほど手間もなかったし、ツバキくんもアストくんやニーリンさんを助けてくれてありがとうね」 「いや、俺もあの二人やセージから色々と学ばせてもらいました」 カトリアとツバキは固く握手を交わす。 「そう言えば、ユリちゃんは?」 カトリアはユリの姿が見えないことに首を傾げる。 ユリならば真っ先に見送りに来そうなものだが、なぜかその彼女がいない。 「……、ユリなら多分どこかで一人になってます。「一人にして」って言われたんで。きっと、別れを惜しんでいるんだと思います」 ツバキは悲痛そうな顔を浮かべる。 「そっか……私も、ユリちゃんやツバキくんとはわかれたくなかったけど、それぞれの生き方があるし、無理に引き留めるほど私は強情にはなれないから」 カトリアは一瞬落ち込むような顔をした。 「カトリアさーん、そろそろ出発ですよー」 馬車からマガレットが呼んでくる。 「あ、すぐ行くから!」 カトリアはマガレットを一瞥してから、ツバキに向き直る。 「じゃあ、ツバキくん。ユリちゃんのこと、お願いね」 「えぇ、任せてください。ミナーヴァの武運長久をお祈りします」 「それ軍隊とかに使う言葉だよ、ツバキくん」 軽く笑いながら、カトリアはツバキに背を向けて馬車に乗り込む。 互いに手を振り合いながら、ツバキはミナーヴァの馬車を見送っていく。 「別れを惜しむのは分かるけど、せめて見送りくらいはしろよな」 ツバキは今ここにいないユリに対して言葉を口にした。 バルバレを出て、旅路を歩むミナーヴァ一行。 今日はニーリンが後ろの見張りをやっている。 と言うわけで、アストは自室でのんびりしようとしていた。 「さってと、何からしようかな」 武具の整備、道具の調合、昼寝……やりたいことはたくさんある。 「あ、そうだった……っと」 アストは引き出し棚から、一冊の真新しい雑誌を取り出した。 『月刊 狩りに生きる』。 狩りに関する情報が詰まっており、狩り場やモンスター、人気の武器や防具、占いまで記載されているハンター用の雑誌だ。 午前中はベッドの上を転がりながらこれを読むつもりだ。 たまの堕落、万歳。 そう思いながらアストは『狩りに生きる』を手に取り、ベッドに入ろうと毛布をどける。 「………………」 「…………」 「……」 ベッドの中にいたその人とパッチリ目が合ってしまう。 長く伸びた艶やかな黒髪、少しだけ日に焼けた色白の肌、深い青色の瞳。 「え、えへ……?」 「……なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 アストは驚きのあまり思わず大声を上げながら後ずさる。 それを聞きつけて前からはカトリア、後ろから妃竜砲【遠撃】を構えたニーリンが駆け付けてくる。 「どうしたのアストくんっ!?」 「無事なら返事をしろアルナイルくんっ!」 だが、アストの部屋にいたその人を見て、二人とも驚いた。 アストのベッドの中にいたのは、別れたはずのユリ・アヤセだったからだ。
一方のバルバレ。 「ユリィーーーーーッ!!どこにいったんだぁーーーーーっ!?」 ツバキは叫びながらバルバレの町中を走り回る。端から見るその姿は実に痛々しいが、今のツバキに恥も外聞もへったくれもない。 ユリがなかなか戻ってこないため、まさか誘拐されたのではないかと、バルバレのギルドナイツを総動員させて捜索に当たっている。 「いたか!?」 「こっちもダメだ!」 「周辺のギルドにも連絡を回せっ、誘拐されたとしてもまだ遠くにはいないはずだ!」 「見付からなかったら大惨事だぞ……!」 ギルドナイツは大慌てで手段を探っていく。 そんな中、ツバキはまさかの可能性に行き着く。 別れを惜しむがあまり、ミナーヴァのワルキューレに密航するのではないか? 昨日のユリの様子を見ても、一度そう考えればそうだとしか思えなくなった。 そう思い込んだツバキは、自分の荷物をひっつかむと全速力でバルバレを飛び出した。 「さすがにまだ出航はしないだろっ、間に合え間に合え間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ……!」 そんな必死のツバキの形相に、道行く人は道を空けて、野良のモンスターは怯えて物陰に隠れていく。
とりあえず寝室用の馬車に移動し、姿勢を正すユリ。 対面するはカトリアとアスト。 「えー、ではユリちゃん。どうしてアストくんのベッドの中にいたのかな?」 カトリアは問い質す。 それに対して、ユリは面と向かって答える。 「別れたくなかったからです」 「別れたくなかったからって……」 アストは唖然とする。 ツバキやギルドマスターを無視してこんなことをしているのだ。 「私だって、もう十六歳の一人の女です。自分のことは自分で決めていいはずです」 ユリはさらに言葉を強くする。 そんな強気のユリを諭すように、カトリアは言葉を選んだ。 「あのねユリちゃん。自分のことは自分で決めるって言うその意志の強さはいいの。でもね、自我の強さと自分勝手を間違えないで欲しいの。あなたを必要としている人はたくさんいる。ただ才能を示せば良いとは言わないけど、あなたを心配している人達のことも考えて」 カトリアのその確かな言葉を聞いてもなお、ユリの瞳は強い意志を宿している。 どうやら、本気のようだ。 カトリアは確かめる意味で、もう一度問い掛ける。 「その全てを踏みにじってまで大切な何かが、私達にあるんだね?」 「はい」 ユリはそう頷くと、今度はアストに向き直る。 そして、こう言った。 「私は、アストくんの側にいたいんです」 その瞬間、アストの心臓が跳ねた。 |