- 日時: 2014/06/06 12:04
- 名前: ダブルサクライザー ◆4PNYZHmIeM (ID: zFl77aGi)
モンスターハンター 〜輪廻の唄〜
六十九章 感情と期待に揺れる想い
「気が向いたって……そんな何ヵ月も前の話……」 ニーリン本人が言うまで、アストも忘れていたことだった。 構わず、ニーリンは続ける。 「率直に訊こうか……アルナイルくん。君は、イレーネ殿にだけ特別な感情を持っているな?」 いきなり核心を突かれて、アストの心臓がざわついた。 「よ、よく分かるな?」 「私を誰だと思っている」 まぁそれはいい、ニーリンはアストに向きなおった。 「しかし、君がイレーネ殿に好意を抱いている側で、アヤセくんも君に好意を抱いている、と言う状況だ」 「あっ……」 そう、ユリは全てをかなぐり捨ててまでこの旅に、アストに付いてきたのだ。 アストがカトリアを選ぶと言うことは、ユリの覚悟を無下にすることになる。 カトリアとユリの顔が頭に浮かぶ。 自分はカトリアが好きなのだ。しかし、ユリの気持ちも無視できない。 その板挟みに気付いた瞬間、アストの心に重圧が襲い掛かった。 「お人好しで真っ直ぐな君のことだ、イレーネ殿への好意と、アヤセくんの感情……どちらかを選ぶなんて出来ない、とでも言いたげだな」 「……ニーリン……俺は、どうしたらいいんだ?」 アストは思わずニーリンに答えを求めた。 しかし、ニーリンは首を横に振った。 「自分の感情を他人に訊くとは、ナンセンスだな。私が分かるわけないだろう?まぁ、これだけは答えておこうか……」 そう言うと、ニーリンは一度目を閉じてからもう一度開いた。 彼女の碧眼が、どこか寂しげな表情を覗かせている。 「時間は、あるようで無いものさ。踏ん切りを付けるのが遅すぎると、一生後悔するぞ……。だから、迷うくらいなら感情に従え。理性なんてくそ食らえ、欲望に身を委ねろ」 ニーリンは一息ついた。 「それが、過去の私の教訓さ……」 「ニーリン……?」 「実を言うとだよ、アルナイルくん。私には昔、恋人がいたのさ」 意外だった。 当然と言えば当然だろうが、ニーリンのような少女にも恋人と言える存在がいたのだ。 「しかし、私には背負うべき家があった。家の取り決めで、望まない相手と婚約を結ばなくてはならなかったのさ。恋人と結ばれたい気持ちもあれば、親の期待にも応えたかった。今のアルナイルくんと、過去の私は似ているよ」 アストはニーリンの言うような、自由が束縛される環境が分からない。それでも、アストは真摯に聞いていた。 「本来なら、迷うことなく親の期待に応えるべきだったのかもしれないな。だが、あの頃の私は子供だったが故にいつまでたっても踏ん切りをつけられなかった。そうこうしている内に、許嫁との婚約の話が付いてしまった。どうしても恋人を諦められなかった私は、家を飛び出して恋人と共に駆け落ちしようとした。親はそんな私に薄々気付いていたのか、私と恋人を拘束して……」 不意に、ニーリンの碧眼が潤み、一筋、涙がこぼれ落ちた。 「私の恋人を、殺したのさ」 「……!?」 「諦めさせようとしたのだろう。私にとっては余計な世話でしかないのにな。恋人を殺された私は、絶望した。当然だろう?愛するべき人が消えた世界に、生きる理由などないのだから。そんな人形のようになった私は、許嫁と婚約を結んでしまった。しかも、その許嫁がこれまたゲスな男でな、婚約を結んだその日に私を犯そうとしてきた。望まない相手との子など産みたくなかった私は逆上、許嫁を半殺しにしてしまった。するとだ、許嫁の親は婚約を破棄するように言ってきたのさ。何故そんな女と婚約などさせたのだ、とな。結果、私は勘当されて家を追い出された。今となっては勘当されて正解だったがな」 自嘲するかのように嘲笑うニーリン。アストにはそんな表情が痛々しくみえて仕方なかった。 「アテもなかった私は、モンスターハンターになった。故郷から遠いこの大陸でな。フリーランスのハンターを続けている内に、深緑の流星などと囁かれ、理不尽な目にも遭ってきた。そんな時、君達ミナーヴァと出会った。……いや、私にとっては、君と出逢ったと言うべきかな」 すると、ニーリンはおもむろにアストに近付き、そしてーーーーー彼の頬に唇を押し付けた。 「……!」 アストは自分が何をされたのか自覚し、全身の体温が熱くなったのを感じた。 ニーリンはアストの頬から唇を離した。 「これが今の私の感情さ。……君は、本当に私の恋人と似ているよ……唇を通じての、肌の感触もな……」 「ニッ、ニーリ……」 バッと踵を返し、アストに背中を向けるニーリン。 「その唇は、君と結ばれるべき女性(ひと)のために置いておくよ」 そう言って、ニーリンはその場を立ち去った。 一人残されたアストは、唇を押し付けられたその頬に手を触れて茫然としていた。 「結ばれるべき女性、か……」 カトリア・イレーネと、ユリ・アヤセ。 ほんの少しだけ、自分の気持ちに自信が持てた気がする。 |