Re: モンハン小説を書きたいひとはここへ三代目!( No.97 )
  • 日時: 2014/08/27 19:07
  • 名前: ウダイ (ID: 3STtNpEq)

M.M.Trione 蛙を夢む 一



断崖に向かって駆け出す友人の背を、私はたぶん陰鬱な目で追った。明るく送り出せるほど、今の私の心は晴れやかではない。右腕は鈍い痛みを、左の指先は鋭い痛みを訴えている。胃の底では、気だるさが浮沈しているようだ。
人知れずわだかまる私を一顧だにせず、友人が崖下へと姿を消した。落着の音は聞こえず、代わりに何処かで何かが吠えた。

「今のは、なんだ」
「テツカブラが吠えただけさね」

隣に立つ女のぞんざいな口調に、私は閉口した。小さな苛立ちを飲み込んだと言った方が正確か。最前に知り合ったばかりの、未だ名も明かさぬ女だ。分かっていることと言えば、先ほど崖から飛び降りた友人の知り合いであること、背が低く発育不良のきらいがあること、そして拷問にかけられていた私を助けてくれたこと、くらいである。

半日ほど前になるだろうか、私は反社会的勢力の構成員による拷問を受けていた。反社会的勢力などと大仰に表現すると、国家転覆を目論む悪の組織のように聞こえるやもしれぬが、実態は法の隙間を縫って小銭を稼ぐちんけな集団だ。ただ矮小ながらも私のような一般人を相手にする場合には、悪辣非道な面を垣間見せることがある。面子とやらを保つためか、手段を選ばなかったりするのだから堪ったものではない。不法な住居侵入に拉致監禁、殴る蹴るの暴行、そして拷問の類と、被った暴力を思い出すだけでも薄ら寒くなる。情報を誰に売っただ何だと詰問されたことを鑑みると、流通経路の一つ二つを他の組織に奪われたか、あるいは官吏によって検挙でもされたか。
いずれにせよ、私は奥歯一本をなくし、右の上腕骨を骨折し、左手の爪三枚を剥がされた。そこから友人と素性の知れぬこの女に救助され、そして応急措置もそこそこに、地底洞窟まで連れてこられて、今に至る。

「下顎に巨大な二本の牙を持つ、巨大な蛙さ。別名鬼蛙とも呼ばれておる」

憮然とした私の表情を、テツカブラなる怪物への疑問の表れと取ったか、女が説明を始めた。

「般若みたいな面構えをしとるよ。見たことは?」
「あると思うか?」
「なら後学のために、眺めの良いところへと行こうや」

起伏のある地底洞窟をすいすいと進む女の後ろを、いかにも大儀そうに追った。崖っぷちに並んで立って、遠くを望んでみれば、馬鹿げた寸法の蛙を相手取り、だんびら片手に丁々発止の大立ち回りを友人が繰り広げている。

「時に修の字」
「――俺のことか?」
「他に誰がいるってんだい。修次郎だから修の字だよ。そんなことよっか、カブトムシの角の成長に、インスリンが関係しているって研究を知っているかえ?」
「生憎ともぐりの無免許医なんでな。最近のこた知らんよ」
「卑下なんてみっともないからお止しよ。事実だってんなら、なおさら悪いが」

げらげら――と、女が下品に笑った。助け出された時も、そうだった。拷問部屋の薄闇の中に、昂ぶった哄笑を張り上げながら現れたのだ。頭のねじが飛んでいるのかもしれない。

<続>