Re: モンハン小説を書きたいひとはここへ三代目!( No.98 )
  • 日時: 2014/08/27 23:17
  • 名前: ウダイ (ID: l3PahOtV)

M.M.Trione 蛙を夢む 二



カブトの角のサイズは、インスリンの量に比例する――と、私のことを一しきり小馬鹿にした後で、女が付言した。

「インスリンが増えると、角がでかくなるってことか」

女が首肯すると同時に、テツカブラが高く飛び上がった。そして、あわや天井に激突するかと言う高さまで上昇した後、自由落下の末に友人を巻き込んで落着した。ずずんと大地が揺れる。
めくれた岩盤の隙間から、ほうほうの体で友人が転がり出た。どうやら無事のようだ。
安堵した反面、友人の頑強さにわずかに呆れた。

「頑丈なもんだな。ハンターという輩は」
「血止めに気つけ、ガマの油まみれだろうから、生半にゃ、くたばらんだろうさ」
「ひいふうみい――後ろ足の指、五本しかないように見えるんだが」
「落語じゃなし。四六のガマでなくとも良いんじゃん?」

茶化すような女の言い草に、私は短く息を漏らした。いい加減なものだと思うものの、怪物の巨躯に押しつぶされてなお元気に駆けずり回っている友人の姿が、迂遠な証左のようにも感じられる。
私は女に向き直った。

「で、カブトムシがどうしたって言うんだ」
「テツカブラの口の中にさ、よくいるんだよ。角の大きなカブトがさ」
「アレが好んで食べてるだけだろ。見るからに悪食じゃないか」

アレ――テツカブラを、爪のない指で私は指し示した。巨大な顎で、土中から岩の塊をほじくり返す怪物である。土砂ごと絡げて餌を口にするような、いわゆるいかもの食いに違いない。
私がそう指摘した時、テツカブラが吐き出した唾液を、ざんぶと友人が頭からかぶった。

「ご覧よ」

女が示す方を見れば、友人が肩で息をしているようだった。先までの縦横無尽な疾駆は見る影もなく、疲労困憊の体で、膝に手をつき往生している。

「疲れている、ように見えるが」
「テツカブラの唾液は、ヒトのスタミナを奪うんだよ。今さっき吐きかけられていたろ。アタシはね、あの症状は急性の低血糖みたいなもんじゃなかろうかって思うんだ」

女の回りくどい説明に、少しだけ得心がいった。
ヒトを含む生命系は、活動の際にグルコース(ブドウ糖)を必要とする。運動時のエネルギー源である反面、血中の濃度――血糖値が過剰になると高血糖症となり、咽喉の渇きや多尿・頻尿、吐き気、意識障害などの症状を来たす。反対に血糖値が低下すると、手足の震えやめまい、痙攣などの症状が出る。さらに血糖値が下がり続けると意識レベルが低下し、最悪の場合、昏睡状態から死に至るケースもある。
そのため生体への害とならないよう、通常は血糖値が一定の範囲で保たれている。血糖値を上昇させるホルモンがグルカゴンであり、逆に低下させるホルモンが――

「インスリンか」
「角のデカいカブトムシが、口の中で頻繁に見つかるならさ、唾液からインスリンとか抽出できるんじゃないかなって思ってね」
「血糖値の低下まで、どんなに早くとも10分程度はかかるはずだが」
「腐っても医者だね。その通りだよ。だから単なる低血糖症だともインスリンの影響だけとも考えてないさ。ぶっちゃけ医学的なエビデンスなんて、どうでも良くってさ。肝要なのは、社会が上手く回るかってこと。価値のあるモノが取れて、金を回す仕組みが保たれていて、そんでもって誰も文句の言えないような利益の分配がなされること。そこいらのごろつきにゃ、過ぎたチャネルなんだよ」

女の意地の悪い笑い方が、全てを物語っていた。
ならず者を相手にした無免許の医療行為を、私は日々のたっきとしていた。違法ゆえに薬剤など用品の手配は、全て社会からはみ出た連中に頼らざるを得ない。私を拷問にかけていた集団が、それだ。そういった非正規の業者が取り扱う商品の品質は、えてして悪いものである。また価格も正規品と、乖離していることが多い。

「ゴミ処分の良い口実だったってだけさ」

不法に医薬品を取り扱っていた連中の排除を、女が言外にほのめかした。
私を拷問していた連中は、取引先のリストや保管庫、商品の受け渡し場所などの情報を、他所に流出させた人間を探していた。利害関係が薄く、金離れの悪い私のような顧客から疑われたのかもしれない。それとも、そんなにも私は疑わしき風貌をしているのだろうか。
気付けば、目と鼻の先に女の両目があった。色素の薄い双眸が、私を凝然と見詰めている。

「運が悪かっただけじゃん。忘れっちまいなよ」
「シマ争いに巻き込まれて、大怪我までして、不運なんかで片付けられたくねぇよ。つーか、オメーが原因じゃねーか」
「なんで?」
「オメーが余計なことしなきゃ、俺は痛い思いしなくても――」
「これは驚いた。はみ出しもんとの付き合いが、ハイリスクだってことくらい承知してるもんだと思ってたが。お前さん、馬鹿なんだね」
「ばっ――!?」

三十路を過ぎて馬鹿と面罵されることの衝撃たるや、筆舌に尽くしがたいものがあった。長じた分だけの積み重ねてきた経験経験やら知識やらが、子供でも用意に繰ることが可能な雑言によって揺るがされる。
女の両目が眼鏡の奥で、いびつな弧を描いた。

「アタシはメイ」
「――加茂修次郎だ」
「知ってるよ。よろしくね」

この出会いが、不幸の始まりとなることを、この時の私はまだ知らない。



<了>



申し遅れました。シノ・ウダイと申します。
よろしくお願い申し上げます。