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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.1 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:43
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
「起きてよ、母さんっ!? 」
鼓膜を引き裂かんばかりの怒号、悲鳴、爆音が少年の周囲から湧き出る。 多くの人間が恐怖に顔を強張らせ、我先にと逃げ惑う。 子供、女、老人……そんなものは今の彼らを包む惨劇に関係はない。 人を押し倒し、踏み越えた者だけがその命を繋いでいく……まさに戦場なのだ。
ではその彼らを襲うものとは何か? 逃げ惑う彼らをまるで虫のように追い立てる化け物……『飛竜』。 強靭な顎で人間の体を噛み砕き、鋭利な爪で体を紙のようにいとも簡単に引き裂く。 顎から滴り落ちる血、地面を抉る爪にこびりついた血。逃げ遅れた者はすべて獲物になる。 この化け物から皆は必死に逃げ惑っているのだ。化け物が放つ炎により燃え盛った村の中を。
「母さん! 早く……目を……開けてよ……」
少年の声はもう届くことはない。 一つの物体になり果てた者の耳には。 少年は体を震わせながら絶叫する。もうその呼びかけに応える事のない者の名前を。 飛竜の視線は逃げ惑う人々からその少年の小さな憎しみの咆哮へと向けられた。 炎のように紅い瞳が少年の姿を鏡のように映し出す。
「許さない……! 」
自分がなにもできない事は自身が一番理解している。 普通なら逃げるのが正常な判断だろう。だが逃げることは彼にはどうしてもできなかった。 自分の大切な者たちを奪った化け物を前にして。
その刹那、少年の体は大きく吹き飛ばされた。 化け物の振り回された巨大な尻尾が彼の体をはじきとばしたのだ。 地面に転がり落ちた少年は体中の痛みに呻きながらも、なお立ち上がろうとする。 立ち上がったとて敵うわけでもない化け物……だが一矢報いたい。 その無謀な思いだけが彼の傷ついた体を立ち上がらせていた。
「絶対に、お前を……! 」
立ち上がった少年に向け、化け物は咆哮を上げる。 自分はここで死ぬ、だが少年はけして目をそむけることはない。 化け物の大地を駆ける足音が少年に向けて踏みならされる。
(母さんッ……! )
「命を粗末にしなさんな、クソガキ! 」
その言葉が耳にはいった瞬間、少年は化け物の軌道から弾きとばされていた――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.2 ) |
- 日時: 2013/06/18 21:19
- 名前: しろ (ID: mGGuaph9)
――おい、クソガキ。目ぇ開けろ。
誰かの声が聞こえる。 聞き覚えのない男の声……低くかすれた聞きづらい声。 その声が少年の頭の中を駆け回る。
――おい、誰か水持ってねぇか。
男の声の他に……足音、が複数聞こえる。 そして火がはぜる音、何かが崩れ落ちる音……そして全てうを聞き取れない程の人々の声。 泣き叫び、怒り狂い。 そのところどころで少年が一度は耳にしたことのある数多の名前が聞こえてくる。
――僕も……僕も探さなくちゃ、母さん!
その瞬間、少年の顔を肌が切り裂かれんばかりの冷たい何かが覆った。
「うわっ!? 」
冷たいものが水だと理解した瞬間、大量に鼻から水が入り、少年は咳き込みながら跳ね起きた。
「よぅ……おはよう」
びしょ濡れで座り込み呆然としている少年に、男はニカッと黄色い歯を見せて笑う。
「長い間目ぇ開かんかったから、ちと手荒く起こしちまった。すまん」
そうぶっきらぼうに言うと男は少年に背を向け、他の者の介抱をしていた男の仲間と思われる者たちに手を挙げた。 2mを近くはあろうかと思われる男の巨体。 その背には男の背丈と同等の大きさの黒い鞘に納められた『大剣』があった。
「ハン……ター? 」
もともとこの村がある地方には大型の化け物が生息しているというギルドの調査報告はなく、小型の化け物しか発見されていなかった。 それゆえギルドは正式なハンターを村に滞在させる事はなく、村の住人にて結成された『自警団』が少年の村を守っていた。 小型の化け物ならハンターでなくとも撃退だけならできた。だが、今回の襲撃はそれらとは比べ物にならない『飛竜』……蟻が鳥に闘いを挑むようなもので、あまりにも一方的な虐殺だった。
「傭兵……? 」
「あぁ……たまたま俺達はここを通りかかっただけだ。仕事先に向かう途中でな」
男は辺りを見渡しながらため息をつく。
「にしてもヒデェ有り様だな……こりゃ」
住人の家々は一つ残らず焼き付くされ、懸命に耕した田畑も姿はなく、村の住人はもはや原型を留めている死体は数少ない程の血の惨劇。
あまりにも悲惨な光景と、鼻につく臭気に少年は吐き気を催し、腹の底から込み上げてくる胃液を地面にぶちまける。
「おいおい……大丈夫か?」
男は少年の背を擦りながら、水が入った鉄製の水筒を差し出し、口を濯ぐように少年へと声をかける。 全てをを出し終えた少年は震えた手で水筒を受け取り、息切れ切れに感謝の言葉を口にした。 水を口内に流し込み、口を濯いだ少年は水筒を男に返し、力なくその場に崩れ落ちた。
「母さんも死んだ……父さんも死んだ……何で、どうして……! 」
自分と母を化け物の吐いた火炎から身をていして守り焼死した父、化け物に無惨に噛み殺された母。 自分は何もできなかった。何も守れなかった。 己の無力さに怒り、絶望する少年の頬を涙が伝う。 少年の心の奥底からマグマのように押し出してくる激しい感情を隠しきれなかった。
「うぅ……あぁあああぁ!! 」 「……小僧」
少年の叫び声は虚しく山々に響き渡り、日が暮れつつある赤い空へと消えた――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.3 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:47
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
「おい……ちっとは落ち着いたか?」
少年は男の声に応える事もなく、ただ暗くなった空をうつろな瞳で見つめていた。
男が手渡したパンも口にせず、口もきかない。 まぁ無理もないかと男は少年から目を反らし、パンにかじりつく。
両親も、友も、自分の故郷もー少年は何もかもを失った。 あまりにも救いがない。 生きる希望さえなくしかけているやもしれない。
だが、だからといって自分に何ができるのか。 男はその答えを見つけられずにいた。
ただ無言で二人は向かい合い、焚き火にあたる。 パンを食べ終えた男は重苦しい雰囲気に我慢できず、その場から離れようと立ち上がり、仲間たちの元へ向かおうとした。
「……したの」
男は歩きかけた足を止め、少年へと顔を向ける。
「なんだ?聞こえんかった」
「化け物は……殺したの?」
少年は絞り出したようにか細い声で男に尋ねる。男をみつめる瞳は相も変わらず光がない。
「いや……俺達じゃ撃退するのが手一杯だった」
ハンターよりも装備に劣り、ギルドによる正式な訓練を積んでいない彼らでは『飛竜』などとてもじゃないが殺す事はできない。
現に男の仲間も二人が竜の火球に焼かれ焼死、一人が片腕を食いちぎられている。ただこれだけの被害で済んだのが幸運といえるほどだ。
少年はそうと力なく呟き、再び空に目を向けた。だが、先ほどとは違い頬からは一筋の涙が伝い落ちた。
少年から何もかもを奪った化け物は意気揚々と息長らえている……これ程の屈辱はない。
男はただ一言すまないとしか言えなかった。 彼にはどんな慰めも意味をなさないだろう。 下手な慰めは傷を抉るだけだ。
少年を一人にさせようと男が少年から顔を反らし歩きはじめた時、背後からポツリと『ありがとう』と少年の声が聞こえた。
少年はわかっていた。 男が自分の命を救ってくれた人だということを。
「……そいやぁ、仕事以外で感謝されるなんて、久々だわな」
頭をかきながら男は少年を振り返ることなく自分の仲間の元に去っていった。
一人その場に残された少年は、焚き火にあたりながら男から渡されたパンにかじりつく。
ー生きなくちゃ……みんなの分まで。 ーそして、いつか必ずアイツを……。 ー殺す。
少年の口にしたパンは甘く、しょっぱかった。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.4 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:49
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
夜が明けた。
温かな日差しが消失した村に差し込むなか、化け物の襲撃から生き延びた村人たちは疲れ果てた体にむちを打ち、懸命に荷物をまとめていた。 生き延びたのは20名にも満たない。たったひと夜のうちに村の住人の半数以上が死亡。 生き延びた者たちも少なからず負傷していた。
そんな彼らが退去を急ぐのにも理由がある。 いつあの『飛竜』が襲撃してくるか定かではないからだ。 次襲撃された時、今の傭兵達の手には負えない。皆殺しになるのは目に見えている。 それゆえ彼らは疲れ果て、傷ついた体に鞭をうち、夜中の間に燃え尽きた灰の中から焼けることのなかった荷物の収集、死者の簡易な土葬のみ行ったのだ。 そのかいあってほとんどの者が荷物の整理を終え、村を続々と後にしていた。 もちろん傭兵達に手持ちの金を渡し警護を頼んだうえで。
「皆離れ離れだね」
少女は悲しげにつぶやく。 少女は今にも泣き出しそうに顔を歪め、少年の手をギュッと強く握る。 その手は細かく震え、冷たかった。
「そうだね」
唯一生き残った子供は少年とこの少女だけだった。 つい一昨日までは多くの友達が彼らの周りにいたはずなのに。
「アンナ……君はこれからどうする?」
アンナと呼ばれた少女は少年を見つめる。 小さなエメラルド色の瞳からは今にも涙が溢れださんばかりに滴をためている。
「私は……お母さんと一緒にここから北にある街にいる親戚のところに。昨日の夜にお母さんと決めたんだ」
そっかと少年は俯く。 確かにこの村より山を一つ二つ越えたところに街があるのは少年も母親に聞いていた。 そこは商業が発達した商業都市だということしか少年は知らなかったが。
「……君は?」
アンナは少年をジッと見つめる。 ブロンドの短く切りそろえたアンナの髪がほのかに吹きつける風に揺れる。
「僕は……」
この先のことを少年は何も考えていなかった。 両家の祖父、祖母たちも既に病気で亡くなり、他に親戚も名前しか聞いたことがなく、面識がない。 頼れる両親、親戚もいない。 少年は孤独だった。
その時、一人の女性が二人が座っている岩に近寄ってくる。 アンナと同じくエメラルド色の瞳とブロンドの長い髪、彼女の母親だ。
「アンナ、そろそろ行きましょう」
どうやら荷物の整理が済んだらしく、その背には布で包んだ荷物を背負っている。 母親の両隣には二人の男……おそらく彼女が雇った傭兵達だろう。
「はい、ママ」
アンナは少年より手を離し、立ち上がる。 スカートについた砂を軽く手ではたき、彼女は少年へと顔を向けた。 目から大粒の涙が溢れていた。
「……元気で」
少年は力なく頷いた。 密かに想いを寄せていた彼女とも少年は別れなくてはならない。 少年の目からも涙が溢れていたーー。
日が沈み始め、夜の帳が下されようとしている。 村に残っている者は数人の傭兵達と一人残された少年だけだった。
−これからどうしたら……。
少年は一人思案を巡らしていた。 どこに向かうにしてもこれからは一人でなんとかしなくてはならない。 もう養ってくれる両親もいないのだ。
とにかくここにいつまでも居るべきではない事は彼にも分かっていた。 だがだからといって何処に向かえばいいのか……彼には見当もつかない。 アンナと同じく北の商業都市か…はたまた新境地を探すか。 いやどちらにしても無理である。 少年一人で移動するにはあまりにも無謀すぎる。 もし北の商業都市までは向かうにしても徒歩で少なくとも一日はかかる……その間に化け物にでも襲われたら命はない。 わざわざ殺されにゆくようなものだ。 少年は頭を抱え、己の力のなさに身もだえする。
「……どうしよう」
「おやおや……お困りごとですか?お坊ちゃん」
視線を前に向けるとそこにはあの男の姿があった。
「行く場所がない……んだ」
男はほほうと頷きながら少年の前に立つ。 前に立たれるとすごい威圧感だと少年は思いつつ、男の顔を見上げる。 男の顔は暗闇に覆われていたが、どうやら男の顔には笑みが浮かんでいた。
「何がおかしいんだよ」
男は鼻で笑うと少年の頭に手を置いた。 その手はゴツゴツした岩のように固く、重い。
「坊主、俺が雇ってやろうか?雑用係に……よ」
「えっ?」
「まぁ俺達もその日暮らしだからその日の食いぶちしか与えられんが……どうする?」
その大きな手はほのかな温もりを帯びていたーー。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.5 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:49
- 名前: 破壊神 (ID: .1yfzvhU)
こんにちは 破壊王から破壊神に変えました よろしくです!
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.6 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:51
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
化け物の襲撃、故郷の消失、友達との別れ……。 まだ幼いアンナにとってはとても受け入れられる現実ではなかった。 一昨日までの平和な日常……友と談笑し、笑い、遊んだ日。 今はそれが遠い昔の事に思える。
「アンナ……大丈夫?」
彼女の母が心配そうに顔を覗いてくる。 いつもは鳥のさえずりの様にうるさい我が娘が、村を離れてから一言も言葉を発しないのを心配したのだろう。 アンナは大丈夫と一言呟き、力なき笑みを浮かべる。
ふと足を止めて後ろを振り返る……もう村の姿は見えない。 この土地に戻ってくることはないかもしれないと彼女は思う。 もう思い出だけしか残っていないのだから。 アンナが再び前を向いたとき、彼女の前を歩いていた傭兵二人が急に足を止めた。
「さて、そろそろいいかね?」
傭兵達は振り返り、不快な笑みを浮かべる。
「どうしたんですか?」
アンナの母が怪訝そうに問いかけると、傭兵達は無言で腰にさしていた刀を鞘から引き抜いた。 アンナとその母は驚き、後ずさりをする。
「どうしたもなにも……いやね、こんな少ない金額で命を張って仕事するのも馬鹿みたいだなぁ……なんて」
逃げようとしたアンナとその母親の手首を男達はすかさず掴み、地面へと倒し伏せる。 必死に悶える母と娘……だが男に力で勝てるわけもない。 大声で助けを求める二人の口に素早く猿轡をかませ、男達は周囲を見渡し誰もいない事を確認する。
「誰もいないな……ようやくいい機会に出会えたなぁ」
「あぁ。もう傭兵なんて馬鹿らしくてやってられねぇしな。あいつも頼りにならねぇし……」
男達は二人の手首を頑丈に腰に巻いていたロープで縛り上げ抱きかかえる。 声も上げれず、身動きをとることもできない……アンナの心は恐怖に震えていた。 涙に濡れるアンナ…それが男をある感情へと引き立てた。 アンナを抱きかかえた男は街路の近くに深く生い茂った森がある事を確認すると、もう一人の男に顎でその場所を示す。
「おいっ、こいつらから身ぐるみ剥ぎ取るのもよぉ……ちょっと楽しんだ後でいいんじゃねぇか」
「おう、それもそうだな……最近ごぶさただったしなぁ」
男達は森へと足を向け、足早に駆け去って行った。 この後彼女の花は無常にも散り乱れ、運命が更に狂い始める事となる。 空はそれを暗示するかのように暗雲が立ち込めていた――。
「いいの?」
少年は男を見つめる。 その顔は驚きに満ち溢れていた。
「あんっ?男に二言はねぇんだよ、クソガキ」
男は腕を組みながら口元に笑みを浮かべている。
「クソガキっていうな!」
少年は頬を膨らませ不服そうに言う。 そんな少年に男は名前を知らないからなとだけ返す。 それを言われると何も言い返せない少年はぷいっと男から顔を背けた。
「はははっ!そんなに怒るなよ!ほら」
男は短く切りそろえた乱れ髪をかきながら右手を少年に出しだした。 少年はそれを横目で確認し、男に顔を戻す。 男の顔から笑みは消えていた。
「ほら、簡単な契約だ。 お前がこの手を握れば、お前は俺に雇用された事になる。さぁ、どうする?」
少年に迷いはあるはずもない。 生きてゆく為にはどの道誰かの協力が必要不可欠……なら、このチャンスを逃せない。 少年の右手と、男の右手は固く結ばれた。
「契約完了だ」
男の顔には再び笑みが戻っていた。 強面の顔に傷だらけの顔……だが黒く丸い大きな目とダンゴ鼻に少年は安堵感を覚えていた。
−この人になら僕の命を預けられる。
「俺はセーヤ……セーヤ・ロハンドだ。お前は?」
セーヤと名乗った男は少年へと問いかけた。 少年は彼の目を見ながら答える。
「僕はレイ。レイ・スクリード」
この時少年の蒼い瞳に光が宿る。 その光がこの先どのように道を照らしだすのか。 天国と地獄、それは両隣である。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.7 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:52
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
レイの顔を暖かな光が照らす。 太陽が煌々と照らす中、彼は黙々と歩いていた。 目的地はアンナの向かった街、セズナ。 そこに一団の拠点がるのだとセーヤからレイは言われていた。
セズナは商業都市として栄えていると同時に、狩猟稼業も繁栄している街で、ギルドの支部も街には存在し、多くのハンターの寄る街。 それに伴いハンター達の補佐の様な役割で自分達傭兵団は生活を送っているとレイはセーヤから聞かされていた。 多くの村、街の要衝地点として栄える街セズナ――レイは期待に胸を膨らませていた。 だが今はそれ以上に彼を悩ませている事態があった。
「熱い……」
額から流れ出る汗をぬぐい、レイは顔を顰めた。 村を出発してからゆうに3時間以上は街へとつながる街道を歩いている。 日は彼の頭で煌々と燃え上っていた。
「んだな……ちっ、嫌になるわ」
セーヤの愚痴に隣を歩いていたレイは苦笑する。 筋肉質であり、やや豊満な肉体の彼にはこの暑さは応えるだろう。
「まだまだかかるぞ、隊長」
セーヤの前を歩いてる男が冷やかに言う。 その横を歩いている女は口元に微笑を浮かべていた。 そんな彼らを忌々しげにセーヤは見つめ、舌打ちする。
「お前れみたいに貧弱な体をしてないもんでね、わたくしは」
それを聞いた男と女は鼻で笑い、また黙々と歩き始める。 それから先は特に会話もなく歩き続ける一団。 暑さに項垂れながらもレイは必死に痛む足を動かして彼らに付いて行くのだった――。
「おおっ……こりゃいいねぇ……!」 「あぁ……久々だからなぁ……!」
何故自分がこのような惨劇ばかりに合わなくてはならないのか……彼女には理解できない。 もうどのくらい辱めを受けただろう……もう日も暮れ始めたのか、木々からはわずかな光も差し込まない。 隣で彼女の母の上に覆いかぶさっている男の声がアンナの思考を遮る。
「あんたも年の割にはいいよなぁ……!」
隣に寝かされている母の表情さえも見えない。 だが泣き声だけが男達の快楽に呻く声の合間に聞こえる。
どうしようもできない己の無力……助けにくる者もいない絶望。 既にアンナには振り絞る声も、流れ出る涙も共に枯れ果てていた。 その時、男達の背後から物音がした。
「ぐっ……!? いぎっ!?」
その時突如男達の動きが止まった。 それと同時にアンナの顔に生温かい液状のものが激しく吹きつける。 アンナの口に流れ込むそれは……血。 血の味が口内に広がる。
「な、なんだ!?こいつ……うっ!?」
アンナの上に倒れ伏した男。 だがその男には頭部がなかった。
−!?
大量の血が己の顔面に吹きかけられる。 とても目をあけられず、口も開くことはできない。 だが耳だけは聞こえていた。 肉を貪る生々しい音……隣の男の悲鳴。 そして彼女の鼓膜を切り裂かんばかりの母の絶叫。
−ママッ!?
何が起きているのかまったく理解できない。 だが直感的に母が死んだという事だけは分かる。 自身の上に乗っている男の死体を目にしたからには。 彼女はもう生きる望みを捨てた……すべてを諦め、ただ早く楽になりたいと望んだ。
−もう嫌……嫌……!
その時、彼女は腹部に強い衝撃を受け、それと同時に意識も失った――。
「そろそろ日が暮れるな……隊長、どうする?」
先導していた男が振り返る。 男の言う通り、日は沈みかけ、あたりは闇に包まれつつあった。
「そうだな……まぁ半分以上は来てるだろうし、いっちょここらで野宿しますか」
セーヤはそう男に返すと、街道から外れたところにあった岩の上に腰かけ、大剣を下ろす。 それに続いて男と女もそれぞれ武器を取り外し、レイも背負っていた革製のリュックを下ろした。 そのリュックには食料品といくつかの野外用品がしまってある。
「さてと……」
男はその中から火打石を取り出し、レイに周囲から草木を集めてくるように指示を出す。 今日はここで野宿……レイにとっては初めての体験であった。
手早くレイは周囲に散らばっていた草木を女と共に集めると、男はそれに要領よく火をおこした。 暖かな光が闇を明るく照らしだす……レイは疲れ果てた体を焚火の前に下ろし一息つく。 座った瞬間、ふうと口から息が漏れだす。 そんなレイを一人セーヤは見つめニタッと口元を歪めた。
「疲れたか、レイ?」
レイは頷き、リュックから取り出したパンをセーヤへと手渡す。 体を動かすだけで体中が痛い。
「今日はよく寝れそうだよ、セーヤ」
そうだろうともとセーヤはパンを頬張りながら答える。
「明日の昼頃にはセズナだろ。今日は早く休めよ、明日もはええぞ」
焚火にあたる4人の姿を暗闇の中から鋭い瞳が睨みつけているのにこの時誰も気がついていなかった――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.8 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:54
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
狩人は獲物を見つめていた。 茂みの中から気配を消して。 獲物達が己の気配に気づいている様子はない。 だが慎重に機会を窺う、せっかくの獲物を逃すつもりはなかった。
つい先日味わった獲物の血肉の感触……忘れられない。 甘い蜜とはまた違う味。 小さな獲物よりも目の前の獲物達のほうが味が濃く、旨い。 ……その獲物が4匹もいる。 獲物に気づかれないように近寄らねばならない……ゆっくり、ゆっくりと――。
「……ん?」
自身の武器の手入れをしていた男がふと顔を上げる。
「どうした?トール?」
トールと呼ばれた男は己の口に指をあて、声を出さないように指示を出す。 何事かとセーヤと女は顔を見合せ、レイは寝ぼけ眼でそれを見つめている。
「……何か物音がした」
トールは腰かけていた岩から立ち上がると、剣を鞘から引き抜き、足元に置いていた小さな盾を手に取る。 そのただならない様子にセーヤは大剣を、女は肩から背負っている弓を構え、矢筒から矢を抜き取り身構えた。 寝ぼけ気味であったレイもすぐさまリュックを抱え、セーヤの後ろへと身を隠す。
「……んだぁ?俺には何にも聞こえんかったぞ?」 「いや……確かに音がした。近いぞ、隊長」
3人が背を預け合う形で陣形を組み、その中心に無力のレイが守られる形で彼らは暗闇へと睨みをきかせる。 これなら奇襲を受ける事なく、戦力でない者も守ることができる。 瞬時にこの隊形を成す3人の傭兵に、レイは守られるだけしかできない己の無力を噛みしめるのだった――。
獲物はどうやらこちらに気がついたらしい。 小さな獲物を中心に大きな獲物が警戒している。 もう存在が知られたなら隠れる必要もない。
この爪で獲物を引き裂き、牙で噛み砕き、あの食感と味を噛みしめる。 それだけを獣は考えていた。 もう隠れる必要もない……目の前の獲物を殺す――。
「前方右斜め!茂みの中!」
トールの声に反応したセーヤと女は瞬時に彼の両脇へと振り向く。 トールが示した先には咆哮をあげた獣の姿があった。 その大きさは2m近くはあろうセーヤ以上の巨体である。
「ほぅ……なかなかでけぇ」
青黒く生えそろった毛がわずかに焚火の光に照らし出され、ところどころが赤黒く変色している。 固い甲羅に覆われた手に鈍く光る爪、荒々しい息が吐き出される口から見える牙……どちらも赤黒く染まっていた。 その容貌は熊に近いものであるが、明らかにその姿は尋常ではない。化け物だ。
「ありゃぁ……熊だなぁ。あの様子じゃ俺等が餌に見えてんのか?」 「あなたが美味しそうに見えるんじゃないの?隊長」
女の軽口にトールが同意したように頷く。
「ちっ、軽口叩く暇あんならさっさと殺れ!」
了解と答えた女はこちらに向けて咆哮を上げつつ突進してくる熊の頭部に狙いを定め矢を放つ。 風を切りつつ矢は熊の眉間に吸い込まれるように突き刺さった――かに見えた。 だが矢は鈍い音をたてて矢尻の根元から折れる。
「嘘ッ!?」
驚く女の横を颯爽とトールが駆け抜け、盾を前方に構えつつ、低い体勢で熊へと迎いうつ。 トールの盾と熊の頭部がぶつかり合い、盾の金属音が響く。 セーヤより小柄とはいえ、頭一つ分程しか違わない巨漢のトールが立ち合うと子供のように小さく見える。
「ちっ……この馬鹿熊!?」
額、そして髪を剃りあげた頭部に太い青筋をたて、歯を食いしばるトール。 トールの足が徐々に徐々に後ろへと押し出され、地面にブーツが食い込んでゆく。
「この……!」
トールが熊を抑えている間に後ろへと回りこんでいたセーヤが大剣を振りかざし、熊の背に一撃を放った。 刃が熊の首筋付近に食い込み、血が宙へと噴出される。 だが浅い――致命傷にはならない傷だとセーヤは今までの経験の中から感じる。 熊は背に痛みが走ったと瞬時に体を少し前に引いたのだ。 ゆえに熊には致命傷にならなかった。
(こいつ……)
声にもならない咆哮を熊は上げ、立ち合っていたトールの盾に力任せに腕を叩きつける。 トールは踏ん張りきれずに熊の前より弾きとばされた。
「トール!?」
トールの巨体が吹き飛ばされたことに驚きながらも女は冷静に肩に下げている矢筒から矢を抜き取り構える。 頭部が無理なら足……見たところ体毛にしか覆われていない足なら矢も通るはずだと女は考えた。 地面へと倒れ伏しているトールに今にも飛びかからんとする熊のその足めがけて矢を放つ。
「!!」
矢は見事に熊の右足を貫き、熊の行動を阻止する。 熊はあまりの激痛に後ろへと倒れこみ、尻もちをついた体勢となった。 その隙をセーヤは見逃がさない。 すかさず倒れた熊の頭部めがけて大剣を正面から振り下ろした。
「熊野郎!死ね!」
だがその時熊は予想外の行動に出た。 己の右前足部分を大剣へと差し出したのだ。 熊の腕を覆っていた甲羅が砕け、刃が肉へと食い込み、それ以上の侵入を拒む。
「んだとぉ!?」
咄嗟の熊の機転に虚をつかれたセーヤ。 その隙をついて熊は左前足を彼の脇腹へと叩きつけた。 これにはたまらずセーヤは大剣を手放し、地面へと叩きつけられた。
よろめきながら立ち上がる熊と、得物を手中から離した無防備なセーヤはまたも正面から対峙する。 漆黒の闇が辺りを包む中、彼らの死闘はまだ終わらない――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.9 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:57
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
熊は困惑していた。 何故眼前の小さな獲物達に己が苦戦しているのか――理解できなかった。 つい前の闇の中で食いちぎった獲物達は弱かった。 なんの抵抗もない彼らの肉を抉り、血を飲み尽くし、堪能したのだ。 だがこの獲物達は違う……明らかに闘いを知っている。 しかし逃げることはできない。 ここで獲物を喰らうまでは――。
熊は怒りに打ち震えているが如く、咆哮をあげる。 その怒りの矛先は己の眼前に立つ獲物――セーヤ。 熊にはもう彼以外の獲物は見えていなかった。
「へへっ、そんなに見つめちゃってどうした……俺に惚れたか?」
セーヤは額から流れ出る汗を手で拭いながら軽口をたたく。 そんな余裕を見せるセーヤに向けて熊は血が滴り落ちる右前脚を打ち込もうと腕を振り上げる。
「隊長!どいてっ!」
女の声が耳にセーヤは反射的に後方へと背中から倒れこむ。 セーヤの頭の上を疾走する一矢――それは熊の右目を見事に打ち抜いていた。 その瞬間、凄まじい咆哮が夜の空へと響き渡る。
「……うしっ!」
体勢を崩した熊の隙をついて己の武器を手中に収めるセーヤ。 彼は刃が下になる状態で柄を握り、両足でふんばると一気に上空へと向けて切り上げる。 その刃の切っ先は熊の顎を切り裂き、熊の右頭部を抉りぬく一撃。 大量の血と肉片が飛び散る中、ふらふらと後ろへよろけた熊に一気に駆けよるのはトール。
「……ふっ!」
大地を蹴り熊の頭部へ向けて跳躍――。 彼の右手に持たれていた剣は熊の左目を切り裂いた。 そしてそのまま熊の背後へと着地すると熊へと振り返り、剣を胴へと突き刺す。 この時、頭部を破壊された熊に意識はなかった。
「……これで終いだなっと!」
熊が前のめりに倒れそうになった瞬間、セーヤの大剣が熊の頭部を切断していた――。
「こいつはでけぇなぁ!座り心地もいい!」
熊の背に腰かけているセーヤは上機嫌な様子で口笛を吹く。
「これだけの獲物ならそれなりに金になりそうだな」
剣の刃をぼろ布でふき取るトール。 男達の顔には熊の返り血が大量に付着している。 上機嫌な二人とは対照的に、レイは顔を歪めていた。 血……その真っ赤に染まる液体に彼は馴染めていない。 周囲に漂う血の臭いと血肉散らばる異様なその場に。
「大丈夫?」
「セナ……」
セナと呼ばれた女は気遣うように彼の顔を覗き込む。 長髪の銀髪から漂う穂のかな花の香り――血とは対照的な匂い。
「大丈夫。 ちょっと疲れてるだけさ」
レイは強がってそう答える。 本当は今にも胃の中のパンが逆流してきそうな程に気分を害していたが。
「そう、なら良かった」
少し肉つきのいい顔だが、誰もが文句の付けようもないほど顔の整っているセナ。 セーヤの話によると、その顔立ちからか男性から求愛される事も多々あるらしい。 彼女の可愛らしい頬笑みにレイは直視できず、サッと目をそらした。
「おう、セナ。わりィが今夜はここにその餓鬼と残ってくれねえか?」
そんな二人の合間に割り込むセーヤの声。 彼はトールと共に先にセズナへと向かうとの事だった。
「どうして先に行くの?」
不思議に思うレイにセーヤは説明する。 一つはギルドから依頼されていない化け物を討伐した際にはギルド支部に伝え、死体を引き渡すことで収入を得られるという事。 二つ目はギルドはその死体からハンターとは別のギルド直属の部隊に装備を支給している事。 ハンターに正式に依頼をしていない分、こちらの方がギルドにとっても安上がりになる。 そのことからギルドは商人等に引き渡さず、支部に引き渡すことを奨励し、商人達よりも高額で引き取ってくれるシステムだという。 ただこの様なことは滅多にないらしく、ほぼハンターが受けた依頼の補助を行う役周りで傭兵として食っているのだとセーヤは言った。
「という事で、お前達はここでこいつの見張りをしててくれ。他の奴らにとられねぇようにな」
他の奴らとは同業の傭兵達の事であろう。 頷くレイとセナ。
「早けりゃ朝までには戻る。それと……ほれ」
セーヤは腰にさしていた短剣をレイへと手渡す。 それは古くくたびれた皮の鞘に収められた子供でも扱えるほどの小さな剣。 抜いてみなっとセーヤはレイに促す。
レイは無言で鞘から刀身を引き抜いた。 鋭く研ぎ澄まされた小さな刃――月の光に鈍く光る。 ジッと刀身を見つめるレイの肩をセーヤは軽く叩き、口元に笑みを浮かべた。
「てめぇの身はてめぇで守れ。いいな」
レイはこくりと頷く。 自分の身は自分で守る……これがセーヤより言い渡された最初の任務だった――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.10 ) |
- 日時: 2013/06/12 18:59
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
セナが弓の手入れをしている傍らで、レイはセーヤから受け取った短剣を手に取り、セーヤが言った言葉を反復していた。
――てめぇの命はてめぇで守れ。
こんな短剣で何ができるというのか……熊の死骸を横目にレイは思う。 熊の前では自分など虫のようなもの。たかが短剣を持ったところでそれは変わらない。
「……てめぇで守れ、か」
セーヤの言葉に頷いたものの、それがいかに難しい事か……セナと二人だけになった今だからこそ、彼はそう感じていた。 もし今の状況でまた化け物、同業者たちに襲撃でもされたら……考えたくもない自体だ。
「どうしたの? 」
短剣を手に俯いてばかりいたレイにセナは声をかける。 その心地よい声にレイは僅かに心の陰りがなくなった気がした。セナに彼は弱々しい笑顔を向ける。
「……大丈夫」
不安は隠せていないだろう事は自分でも理解していた。 こんな時は自分の気持ちを押し殺してでも不安というものを伝えないもなのだろうが……今の彼にはそれはできない。 今はセナという女性に身を守ってもらうしかないのだ。 そんな彼の気持ちを察してか、セナは「そう」とだけ応え、再び弓の手入れを始めた。 彼女が手入れをしている弓、それはもう長年使用しているのか所々に傷が入っており、色も元々黒かったのか茶色だったのか分からない程に色褪せていた。
「その弓……凄いね」
何故新調しないのかだろうか、その興味心からレイは言葉を発した。 レイの言葉にピタッと手の動きを止めたセナ。彼女は弓を優しく擦りながら、レイに微笑む。
「形見……かな」
形見……彼女も大切な誰かを亡くしたのだろうか。 だとしたらまずい事を聞いてしまったかとレイはすぐに彼女に謝る。 セナは「いいの」とだけ返し、また弓の手入れを始めた。 気まずい沈黙が二人の間に漂う中、それを破るようにセナが口を開く。
「この弓ね、父の使ってた弓。父も傭兵だったから……」
「そうなんだ」
「うん、だからいつまで経っても捨てられないんだよね」
セナは笑う。 形見……大切な者のために遺すもの。レイは自分には何が残ったのだろうかと考える。 故郷は燃え尽き壊され、父も母も死んだ……だが、そんな両親が一つだけ確かに残してくれたものがある。
「自分……」
レイの呟きにセナは不思議そうに覗き見てきたが、彼はなんでもないと慌てたように首を横に振る。 両親に繋ぎ止めてもらった命を捨てる訳にはいかない。 無意識に柄を握る手に力がこもるレイを月明かりがあたたかく照らしていた――。
「これで、よしっと」
セズナへと向かう途中にある泉にてトールとセーヤの二人は己の身についた血を拭っていた。 流石にそのままの姿で街に入る訳にもいかないからだ。血の臭いや視覚の気分不良を市民が起こす恐れがあるからだ。 そのため狩猟を終えたハンターや傭兵達が帰還する際の暗黙の了解的なものとなっている。 赤く染まった布切れをその場で処分し、二人は再びセズナへと向けて出立する。
どちらも喋る事なく歩く。ただ黙々と歩く。
「……隊長」
そんな静寂を破るトールの静かな声。 なんだとセーヤは立ち止まり、怪訝そうにトールへと視線を向けた。
「なんであいつを俺達の仲間に? 」
トールがいうあいつとはレイの事だろう。 たいした説明もないままこれから仲間だと紹介されたのがトールには納得できなかった。 何故なら、戦う事ができない者などただの金食い虫でしかないからだ。 誰の身内でもない子供を養う必要などない……街にでも連れていき、孤児院にでも預ければいい話だ。 わざわざ面倒を見る必要はないはずだとトールは言う。
「それにわざわざ危険を犯して何故あの村を助けたのかも俺には理解しがたい」
村が飛竜に襲撃されていると部下からの報告があった際、武器を手に真っ先に駆け出したのがセーヤだった。 飛竜に敵う訳がないのは彼は重々理解してただろうに、何故戦ったのか? その説明もろくにないのはどういう事か……トールはここぞとばかりにセーヤの非を責め立てる。 だが肝心のセーヤはその事については口を閉ざし、ただ一言「すまない」とトールに頭を下げた。 てっきり「うるせぇ! 」と反撃の余地もなく閉口されるだろうと考えていたトールは虚をつかれた思いで目を丸くする。 押し黙ったトールを見てセーヤ苦笑した。
「訳はちゃんと話す……。だからちょっとばかし今は待ってくれ」
そう断られてはトールもこれ以上口を出すことはできなかった――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.11 ) |
- 日時: 2013/06/12 19:00
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
体中が痛み、意識が朦朧としている。 もう助からないのだろうか……だがそれでもいいかとアンナは思う。 彼女の心は絶望、という闇に覆われていた。 最愛の母の死、自身の汚れ……帰る故郷も何もかもなくした彼女に生きる希望は既になかった。
「……もう疲れた」
彼女が目を覚ました時には既に化け物の熊はいなかった。 残されていたのは無残にも食い散らかされた母と傭兵達の残骸。
「……」
母と男達を惨殺したあの熊の化け物は何故自分を生かしたのだろう? お腹が一杯だったから? 殺すのに飽きたから? どうして……私を殺してくれなかったの?
「……どうして」
ふらふらとした足取りで彼女は暗闇の森の中を歩く。 複数の鳥の鳴き声と風に揺れる木の葉の音。彼女の耳に聞こえる自然の音。 死に向かおうとしている彼女を止める者の声はどこにもない。
「……あっ」
森が開けた先には小さな泉があった。 月の光が水面を淡く照らし、きらきらと輝いている。 何かに手招きされるかの様に彼女は泉へとゆっくり近づいてゆく。
「きれい……」
まるで星のまたたきの様に輝く泉に彼女は深く息を漏らす。 もう生きる希望もない自分……ならば最期ぐらいこのような綺麗な場所で死ぬ事ぐらいは許されるのではないか……。 水を手のひらに少しだけ掬い、自分の口元へと持ってゆく。それは氷の様に冷たい。
「美味しい……」
水面に映る自分の顔……それはもう以前の自分ではない。 もうあの頃の自分は死んだ。 一筋の涙が頬を伝い水面へと落ちる。 次から次にあふれ出る涙。 止めようのない感情。
「ママ……今そっちに逝くね」
左足を泉の中へとゆっくりと下ろす。 肌が刃物で刺されるかのような冷たい痛み。 だが彼女は止めない。もう彼女に迷いはなかった。 足を下ろすと泉の底は滑っており、足の重みでゆっくりと沈んでいく。 左足が沈み終えると、次は右足を下ろした。両足を下ろしたことで彼女の腰まで水面で浸かっていた。
「……」
あとは泉の中央まで歩くだけだ。中央は彼女が立っている浅瀬より深く、黒く淀んでいる。 ここ以上に深さがあるのは目に見えていた。あそこまで歩けば……死ねる。
ゆっくりと足を動かし始めるアンナ。何度か転びそうになりながらもゆっくりと中心へと向かう。 胸の高さまで水面がきていた。 あと2、3歩進めば……。 意を決して足を動かそうとした時、彼女を呼び止める声がした。
「君はそれでいいのかい? 」 「……えっ? 」
彼女はその声に驚く。まさか人がいるとは思っていなかった。 振り向いた彼女の視線の先には、彼女を微笑みながら見ている男の姿があった――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.12 ) |
- 日時: 2013/06/12 19:04
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
「ふむ……これはなかなかの獲物だな」
熊の死骸がギルド支部より来た者達の手により、台車に乗せられていた。 化け物の死骸は大体はその場で解剖し、使用できそうな部分と使用不可能な部分に分けられる。 ハンターや傭兵達の手により破壊、傷ものとなった部分を使用不能部分、それ以外を使用可能部分としている。 ギルドの支部はその使用可能な部分のみを傭兵から買い取り、ギルドの直属の兵の装備としているのだ。
「そうだろ? いくらで買い取る? 」
セズナより帰還したセーヤが得意げにギルド支部の男に聞く。 男は腰のポシェットから紙を取り出し、羽根筆にて何かを書き、セーヤへとそれを渡す。 その紙を覗いた瞬間、セーヤの瞳は輝いていた。
「おうっ!? いいのか!? こんなに!? 」 「構わん。いつもお前達には世話になってるからな」
男はニヤッとセーヤに笑みを返し、台車に熊を乗せた部下達に手で合図をする。 台車はゆっくりと台車を引く馬により動き出し、台車に男は乗り込んだ。 その台車を護衛する形で部下達が両脇を闊歩している。
「ではまたよろしく頼むぞ」 「おうよ、任された! 」
その場から去ってゆく馬車を見送るセーヤ。その後ろでレイは大きな欠伸をしていた。 そんな彼の横でセナは微笑む。
「疲れた? 」 「……ちょっと、ね」
レイは肩を竦めながら一息つく。 結果的には襲撃はなかったものの、やはり闇の中での警戒は気を張るものだった。 日が明け、セーヤとトールがギルド支部の者達を連れて帰還してきた時には安堵感からか腰が抜けてしまった。 そんな彼の姿を見ていたセナは「頑張ったね」と彼を誉める。
「頑張った? 」 「うん、君は頑張ったよ」
セナの頬笑みにレイは頬を赤く染める。 実際はセナに守られるしか術がなかった自分を褒めてくれる彼女の優しさに彼は嬉しくも情けなくもなった。 そんな二人のやり取りをニヤケ顔で眺めていたセーヤ。 その視線に気がついたレイは不快そうに顔を歪める。
「……なんだよ? 」 「別になーんにもございませんよ、坊ちゃん」 「……隊長 」
睨みつけるセナにおどけた様子でセーヤは手にもっていた紙で自身の顔を隠す。 それはギルド支部から来た男から渡された紙であり、紙面には3000zの文字とセズナギルド支部のスタンプが大きく押されていた。 3000zといえばレイの両親が行っていた野菜の行商の2〜3か月分である。 驚くレイに、紙面の横からぬっと顔を出したセーヤ。その顔は笑顔に満ち溢れていた。
「これなら少しの間、食い扶持には困らんぞ……諸君」 「そうだな、隊長」
セーヤの後ろで腕を組んだまま頷くトール。常に仏頂面である彼の顔にも笑みが浮かんでいた。 トールの笑顔なんて珍しいとセナの耳打ちにレイは苦笑する。 トールの笑顔ほど似合わないものもそうそうないだろうと彼は思った。
「なんだレイ? 人の顔をジロジロと……」
トールの地鳴りの様な低い声にレイは慌ててなんでもないと首を振る。 訝しがるトールを尻目に、セーヤは出発する旨をメンバーへと伝える。 遅くとも今日の夕方にはセズナに到着するだろうとの事だった。
「レイ、お前セズナは初めてだよな? 」 「うん、今まで村から一度も出たことないから……」 「ほほーん。じゃあ腰を抜かすなよ、セズナに着いたら」
セズナ……商業都市として栄え、狩猟稼業も繁栄している街。 話だけでしか知ることのなかった街へ向かい、これから新たに生活を送る事になる。 少年は高鳴る胸の鼓動を抑えることはできなかった――。
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Re: 【3G雑談】書き物的なもの【移行】 ( No.13 ) |
- 日時: 2013/06/12 19:06
- 名前: しろ (ID: qiXQzgoO)
「うわぁ……! 」
レイは思わず息を呑んだ。 どこを見渡しても人、人、人……忙しく行き交う人々の姿に少年は圧倒された。 自慢の一品を売りさばこうと声を張る商人、商人と値段の交渉をして怒鳴る男達の怒声に世間話で盛り上がる女性の笑い声。 思わず耳を覆いたくなるような騒音の中、立ち竦んでいたレイの肩を後ろから叩くセーヤ。 その顔には得意げな笑みが浮かんでいた。
「商業と狩猟の街セズナにようこそ」 「ここがセズナ……」
目の前に広がる無数の露店。レイが今まで目にしたことのない食べ物や生活用品、武具がズラッと並んでいる。 露店を数えようにもあまりのその多さに両手の指でも数えようにも足りないほどだ。 そんな露店を値踏みしながら歩く人々の群れにも彼は度肝を抜かれていた。
「ここがセズナの中心の商業広場だ。 ここで大体の欲しいもんは揃う」 「へぇ……」
感嘆の思いで辺を見渡すレイの姿に、二人の後ろにいたセナは微笑んでいた。
「面白いか? 」
セナの隣で退屈そうに伸びをしているトールが彼女に聞く。彼の問いにセナは小さく頷いた。
「ううん……昔の私みたいって」 「……あぁ。 そうだな、確かお前が初めてここに来たときも似たようなもんだった」
懐かしげに目を細めるトールにセナは苦笑する。
「にしてもお前もでかくなったな」 「それはそうよ、人間だもん」
まるで父親のように感慨深げに目を瞑っていたトールの頭をセーヤが思いっきり引っぱたいた。 パシンッと心地のいい音が広場の雑音の合間に響く。二人の隣を流れゆく人々の視線がトールへと注がれた。
「何辛気臭い顔してやがんだ。 ただでさえ仏頂面のくせに」 「……」
見開いた目で睨みつけるトールの視線を避けるようにセーヤは口笛を吹きながらセナの後ろへと隠れた。
「隊長……これからどうするんです? 」
呆れながら問うセナにセーヤは後ろから返答する。
「まずは……ギルド支部に行く。 金を受け取らなくちゃならん」
ギルド支部に赴き、ギルド支部の男から受け取った小切手にあたる紙と金の交換。 狩猟報酬を受け取る際は必ずこの流れを行う必要があるのだ。
「それから俺達の住処に帰るぞ、いいな」
セーヤ達の傭兵団の拠点もここにあるのだとレイはそのとき思い出した。 この商業地から少し離れた『狩猟居住地区』にあるとセーヤは言う。
「そこはな、ハンターや俺達傭兵団が主に住み着いている地区でな。 俺達の家もそこにある」 「ふーん……」
狩猟居住地区……名前通り多くのハンター、傭兵たちが集まるのだろう。 これから自分はそこで寝起きする事になる……レイは新たな生活の始まりに胸を躍らさせるのだった――。
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